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偵察を送ったのがこちらの責任だとしても、部下を殺された怒りを消せるわけではない。
そして何より、ライムからは幼女たらしめる気配が放たれていなかった。だからこそ、倒すことに対する嫌悪感もない。
「別に構いませんが、わたくしに勝てるとお思いで?」
「《光ノ二十番・光弾》」
光弾がライムの体を貫くが、手ごたえが一切ない。
揺らめくようにライムの姿が消え、別の場所に再び姿を現した。
「善大王様の読みでも、幻は捉えられませんか」
幼女に対する読みが使えれば幻術さえ破る自信があるが、この状況ではいささか不利か。
そもそも、相手が巫女で幻術使いともなれば、その実力は凄まじいものになる。
幻術を破る手段は多くある。一つは俺がしたように、光属性の導力で闇属性を無効化する、というものだ。
もう一つは痛覚を与えるなどして現実を知覚するという方法。両方に共通するのは、相手の術者が強力であればそれに比例した力を要するということ。
巫女の実力は三者三様。
ティアは鬼のような近接能力と上位冒険者以上の術を持っていた。
ミネアは術に完全特化し、単純な術者としての強度は俺を遥かに上回っている。
とすれば、ライムは幻術特化型。それを破ることは事実上不可能と思われる。
「何度も試してみれば、一発は当たるかもしれませんわ」
俺は無言で《魔導式》を展開していく。ただ、その時点でどのような術が気付かれている可能性もあった。
ただ、不気味なことにライムは抵抗一つしない。もとから当たらないと分かりきっているかのような様子だ。
「《光ノ百一番・星光明》」
周囲の幻を焼き払い、そしてライムにダメージを与える。元々は闇属性の《星霊》に特化した術でこそあるが、制限を掛けなければ攻撃としても不足しない。
光が闇を払っていくが、幻のライムが消えただけで本体が倒れるような音が聞こえてこなかった。
「それでは、わたくしを殺せませんわよ?」
ライムは攻撃を食らいながらも、平気な顔をしていた。一撃で戦闘不能に陥らせるだけの威力を叩きだしたはずだが、どんな手を使った。
幻術か? いや、それならば今の攻撃で消えているはず。だとすれば……。
「まだ《皇の力》は獲得していないみたいですし、これ以上戦っても無駄ですわね」
「逃がすとでも?」
「いえ、お土産をさしあげようとしているだけですわ。ディックという方が落したものですわね」
投げられたものを、俺は咄嗟に受け取ってしまった。
避けることができたはず。しかし、無意識で取ってしまった。
投げられたのは革製のベルト。そこには金色の釘――太いので杭にも見える――が三十本ほど収まっている。
覚えている。これはディックが身に着けていた装備だ。
……ライムは、ディックを殺した。
帰りを待つ者がいる、そんな人間を殺した。
絶対に許さない。許す気もない。
憎悪が体を包み込み、それは殺意へと変わっていく。
「殺す! 絶対に殺す! 殺す!」
「フフッ、これは面白い結果になりましたわ。いくら善大王でも、神器の衝動は抑えられないということですわね」
殺したいという欲望に任せ、俺はライムへと襲いかかるが、蜃気楼のように彼女は姿を消した。