7v
──火の国、ヴェルギン宅にて……。
「作戦は良好らしいな。おれとしては、都合のいいことだが──」
「来ていいんですか?」
「……来てはいない」
スケープは虚空を眺めていた。彼女の目にすら、その声の主は映っていない。
「命令の通り、信頼を勝ち得ていると思います」
「それは貴様が判断することではない。それが分かるのは、土壇場……切り捨てた方が楽、そう思った時だ」
切り捨てた方が楽、それでもそうはできない。こうなって始めて、本当の意味の信頼が成立したことになる──というのが、彼の意見のようだ。
こればかりは彼女もある程度は解釈の範疇だったらしく、オーバーに頷いた。
「ガーネスに冒険者が増えていました。何の動きですか?」
「偶然、だろう。組織が何かしら手を回している節もない。冒険者ギルドも同じく、動きはナシだ」
冒険者ギルドの名前が出た途端、スケープの表情が曇った。
かつての因縁、暴行された冒険者への怨恨──などではなく、彼女の価値観上、その集団の存在を良しとはできないのだ。
「じゃあ、聞いてきましょうか?」
「いや、貴様は勝手な行動を取るな。おれの足手まといになる」
「そうですか……はい、分かりました」
頭を下げようとした瞬間、扉が蹴り開けられ、鬼の形相をしたヴェルギンが砂を払わないままに部屋へと飛び込んでくる。
「お主、誰と話しておった」
「……分かりません」
「魔力もなく、人の気配もない、実体すらない──いや、何かが存在した痕跡すらないときておるんじゃ」
この場において、スタンレーの主は存在していないのだ。
透明になり、隠れているわけでもない。通信術式を用いているわけでもない。
今まで彼女が会話していたのは、ある意味実在しない人物だったのだ。簡単に言うところの、独り言……声に出した脳内会話に過ぎない。
「独り言か?」
「独り言なんかじゃっ……!」
ここにその人物がいる、と信じたい心情。
その存在を探知されてはならない、その人間との関わりがあると思われてはならない、という理性。
相反する思考が頭の中で巡り、どちらを優先すべきかを判断できず、処理が完全に停止する。
「おい? どうしたんじゃ?」
「ごめんなさい、よく分からないんです」
そう言うと、彼女は走ってその場を去っていった。
疑いを残しかねない手段だが、そうしなければあの場で硬直し続け、余計に怪しまれると判断したのだろう。
砂漠の砂を踏み、宙に舞い上がらせながら、スケープは無我夢中で走った。
走り、駆け、頭の中が真っ白になった頃には、先ほど起きた出来事が彼女のものではなくなっていた。
急激に冷静になり、酔いが抜けた泥酔者のように、一場面前とは正反対な明瞭さで家路につく。
何をしていたのかを思い出そうと、思考を巡らせ、彼女はひとつのことを追憶した。




