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──火の国、フレイアにて……。
「カーディナルのほうはどうなってるの?」
「幾度か魔物を退けているそうだ。件の戦をみる限り、頷ける結果だ」
父親の頑固な──察しの悪い態度に苛立ち、短いツインテールの少女は音を立てて踏み込む。
「そうじゃない! なんであいつらに特例的な扱いをしているのかって聞いているのよ」
「結果を出したからだ。あれがただの無能連中であれば、強制徴兵も厭わぬところではあるが、喜ばしいことに彼らは優秀だ」
「なら首都に──」
「意欲を削ぎ、その結果弱体化したらどうする。我が国の総合的利益を考えれば、彼らは最良の状態で戦ってもらうのが最前だ。それが余所であろうとも、砂漠の内部で起きていることは同じだ」
敵の数が固定であるのならば、より多く消すほうが得。そう考えるのは自然だが、保身的な首都防衛を押し出さない当たり、ヴォーダンは現実的だった。
「それにしても、勝手が過ぎるわ」
「それにどのような問題がある。火の国は今も昔も、人を縛る戒めを好んではおらぬ──守るべき弱者であれば話は別だが、あの者達は自立した強者だ」
「それはさっきも──」
「ならば同じことを言わせんでくれ」
フォルティス王と言っていることは同じだ。ただ、ミネアは反論しない。
彼女はこの国が遙か古から、こうした体制で続いてきたことを知っているのだ。
貴族制、統治制の乏しさ、盗賊ギルドの殲滅に乗り気ではないことも。すべてが水の国とは違う。
良くも悪くも、そうは見えても見えずとも、彼女は一介の姫なのだ。そして、シアンのいる水の国に染まっていたのだ。
ただ、それこそが巨大な雑音となっていた。彼女が直感した違和感を緩やかにし、明確な焦点を見失わせる。
「なんとか襲撃の回数は減っているが、お前にはもっと早く帰ってきてほしかったぞ」
「カーディナルで足止めを食らったのよ」
「……それでも、だ」
父の言葉を聞きながらもミネアは赤い砂が、鮮血が落ちていくような感覚を覚える。
それは砂時計であり、水時計だ。彼女が実感する、自身のリミット。生命の漏出。
「(時間がない……こんなことをしてたら、間に合わなくなるわ)」
彼女が急進を推し進めようとしているのは、ヴォーダンの目にも分かるほど明確だった。
どうして娘が急いているのか、それが薄々と分かっているだけに、彼も理性的な選択を即断できずにいる。
火の国のスタンスは最初も今も、じっくりと腰を据えて堪え忍ぶこと。戦争集結に向け、戦力を使うことはその意に反する。
「ヴェルギンのところに行ってやれ。あいつも相当に面倒な弟子を引き受けてしまったようだ」
「……弟子?」
ミネアの脳裏に過ぎったのは、キザで格好ばかりの男であり、友人の想い人だった。
それが気にくわなかったのか、被りを振って想像の雲を払うと、毅然とした様子で王に踵を向ける。
「あたしはどうするべき?」
「……それは自分で考えることだ。少なくとも、しばらくは火の国の意向に従ってもらう」
なにも答えないまま、長く伸ばすつもりのない赤いツインテールを揺らし、謁見の間を後にした。
外で待っていた男に表情を気取られないようにする為か、眉間を寄せる。
慣れた表情であり、ここ数年は上げられることもなく、鈍りきった口角と比べると自然に動いた。
「(あたしがどう思っても、ここを守らなきゃいけない。《火の星》として……姉様の為にも……)」




