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大空のフィア  作者: マッチポンプ
後編 ダークメア戦争
486/1603

6

 ──雷の国、西部。ガンマの町にて……。


「連絡は済ませたか?」

「うん……でも、私としては山に戻って欲しいんだけど……」


 落ち込み気味なフィアの頭を撫で、善大王は顔を綻ばせる。


「ティアはきっと、地上で戦いたいんだよ。それくらいは分かるだろ?」


 もはや言われるまでもなかった。彼女は自分が許可を許した瞬間、ティアが生き生きと了承したことがなにを指しているのか……それを判断できていたのだから。


「俺としては、今は地上戦力の掃討を行いたい。その為には、ティアの力が必要──カルマ騎士隊の力が必要だ」


 信じたのはティアだけではない。彼女の相棒にして、自分の娘であるエルズだ。

 あの二人は上位の冒険者であると同時に、《選ばれし三柱(トリニティア)》なのだ。その存在が戦況に及ぼすものは計り知れない。

 《風の一族》が守りに徹しているのであれば、そこに戦力を戻したとしてなんの利益もない。彼女らには能動的に動き、敵を倒してもらわなければならないのだから。


 善大王はこれを平然と話している。いくらフィアとて、友人や《星》をチェスの駒のように数えられれば、怒りを覚えないはずもないのにかかわらずだ。


「ライト、私達はこの世界の為に戦うよ。でも、それは私達が兵器だからじゃない。この世界が好きな人間だから……義務じゃなくて、善意でやっているの」

「俺は一度だって、幼女を道具と思ったことはない。常に女性として尊敬している」

「なら──」

「人だからだよ。人は誰だって責任を持っている。もし《星》をただの道具だと思っていたら、そんなものは使わない。信用に足らないからな」

 そう言い、認識のすべてを愛する少女に向ける。「それだけ信頼しているということだよ」

「ライトって卑怯。信じてるからって、それだけでいいことにはならない……と思うの」


 善大王は笑った。おかしかったわけでもなく、彼女の答えが正しいにもかかわらず。


「信頼にはものが必要ないからな。一番都合のいい報酬だ……でも、それが一番嬉しいものだよ、持っている人間はな」

「なにを?」

「気にしなくていい。フィアには縁のない話だからな」


 物質的に満たされた際、もっとも欲するのは正の感情であり、貴族達が名声を優先することにも起因している。

 結果的に、物質のない精神的な返報のほうが、より利益に結びつくという現実的な面もあるが。

 少なくとも、王族の娘で《星》の才覚を持つ彼女が金や食料で困ることはない。善大王はそれを述べていたのだ。


「さて、そろそろ話している余裕もなくなってきた」

「うん。全くもって」


 彼らは話ながら、闇の国の兵を術による遠距離攻撃で打ち倒している。

 このミスティルフォード最強ともいえるコンビからすれば、数千の兵は恐れるに足らない相手だった。

 フィアだけが活躍しているということもなく、善大王による執拗な足止めがそれを成立させている。両者がいることで成立した、圧倒的優位だ。

 ただし、兵力の明確な減少を憂慮してか、魔物の尖兵が動きを始める。それまで兵が突破不可能とさえ感じた、長距離の間合い──善大王らの術威力が半減する程の遠さ──にまで突入した。


 単純な生命力の強靱さ、線の動きにとらわれない俊敏さ、減退された術をものともしない耐久力。すべてが人間とは異なっている。

 いくら藍色の瞳を持つ魔物とも有利に戦えるフィアとて、人間を一撃で倒せるように調整した距離では、魔物の装甲を打ち抜くことはできなかった。


 会話する余裕がなくなったのも、それが原因といえる。ここまでは、相手の術が放たれようとも、着弾までに《魔導式》の展開から発動までを済ませる時間があったのだから。

 ここからは、見てからの反応では手遅れだ。


「てっとり早く、《皇の力》で消せたら楽なんだけどな」

「それを使うほどでもないね。奥に控えているのも、目は赤くないし……数も十体を越えていないし」


 遠くの風景としか認識できないそれは──その影の数は、七に到達している。その全てが鈍色のものだとしても、警備軍が為す術もなく壊滅させられる規模だ。


「まったく、難儀な仕事だ」

「ええ、全くね」


 苦言を呈しながらも、不釣り合いな──背や年はそうだが、美男美女という意味では釣り合うか──二人組は絶望の端切れさえ覗かせていない。


「ここを生き残ったら、抱かせてくれないか?」


 何の脈絡もなく放たれた猥褻発言を受け、逆さ吊りで血が上っていくかのように、顔の赤を増していく。

 感情のブレが命中精度に誤差を生みだし、打ち出された光線は子蜘蛛の四足を蒸発させるだけに留まった。

 本来ならば地面には命中せず、数体を同時に──それこそ槍で突き刺すように焼き殺していったはずだ。


「なっ、なんでいきなり!」

「いや、そりゃ溜まっているしな」


 これを冗談で言っているならともかく、比較的真剣に──深刻に? ──伝えているのだから、彼女としても困りものだ。


「答えはここを生き残ってからね」

「ああ、そうしよう」


 二人に恐れ、魔物の猛攻に恐れ、戦意を喪失して、この場から逃れようとしていく敵国の兵は、そんな彼らに畏怖を抱く──このような状況さえものともせず、あるがままに殺戮を行う者達に。



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