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ウルスの一声で場が静まり返り、重圧の如き緊張感が充満した。
彼とて、これを確信して言っているわけではない。何故ならば、あの魔物はある意味で魔物とは違うものだったのだから。
内部の幻術核を人間が再現することは可能であり、魔物の法則とは少しばかり異なっていた。
ともなれば、それを行った人間が闇属性使いであると予測することは当然なこと。どちらにしろ、悪と繋がっていることは変わらない。
「それが疑問でしたよ。あなた方は何を目にしたのですか? 私の計画上、あなたは《放浪の渡り鳥》と戦っているはずですが」
「……ああ、戦ったとも。だがな。俺達は蛾の魔物に襲われた。狙い撃ったように、俺達をずっと見張り、幻術をかけ続けてきた奴だ」
「あなたが呼んだんでしょ! いい人だと思ってたのにーっ!」
いい人だと思っていた、という面識を意味する言葉を受け、冒険者側の三人は目を丸くした。
「えっ? ティア、会ったことがあるの?」
「うん、前に話した人だよ。里に戻りたいなーって言った人。覚えてる?」
言われてみれば、とエルズは乾いた笑いを浮かべる。
「私もあなたには期待してましたよ。ですが、あの場から逃げたということは見過ごせませんね」
「えっ!? あれって帰っていいよってことじゃなかったの!?」
「違います」
話が掴めてきた、と二人の性悪冒険者は頷く。
一組は取引材料を握られた上で、もう片方の組は誘導によって大義名分を用意された。要するに、二つの異端パーティーが戦うお膳立てをサイガーが行っていたのだ。
「一つだけ断言しておきますが、私は魔物とは関与していませんよ。この回りくどさから、そう判断していただけるかと」
「それで許されるとでも?」
魔女の名に相応しく、そして幼顔とは相反する睨みを向けられ、東方の主は笑みを浮かべる。
「恨んでいただいても構いませんよ。少なくとも、冒険者ギルドは騎士隊を捨て石にしようとしたのですから」
若造が好き勝手に言うのが癪だったのか、《紅蓮の切断者》は忌み嫌いながらも、この場ではよく見知る男に話を振った。
「爺さん、あんたはどうなんだ?」
「……東方支部の意向、行動に関しては本部の思うところだ。城下の様子をみてきたのならば、事情は飲み込めるだろう」
「まったくね」
エルズは手で割って入り、加入組織の長に敵意を撒く。「あんなに重装備の兵隊がいるなら、エルズ達はいらないわね」
「《幻惑の魔女》、本当は君だけを駆除できれば良かったのだが──改めよう、東方支部が《放浪の渡り鳥》を軽視した点については、大変憤りを覚えている」
「ええ、そう。当然のことね」
この時点である程度の事情が明らかになってきた。
サイガーは本部の命令では動いていない。細分化した機関が独立行動を行い、それがギルドの利益に繋がったという流れだ。
ただ、その裏にある問題を放置してでも、自身の利を追求しようとしている点は、健全とは言えない。諸悪でなくとも、悪党ではある……といったところだろうか。
「闇の国との繋がりについては、まだ吐いてなかったな」
「それはあの答えで十分かと。この世界、この戦争において、敵対勢力は魔物と闇の国しか存在しないのですから」
何か引っかかる発言ではあったが、ことを知らないだけに、ほとんどの者が口を出すことはできなかった。ただ一人、思い当たる節があったウルスを除き。
「……なるほどな」
「なにか疑問でも?」
「お前は冒険者ギルドをどう思っている。現状の体制がすばらしいとでも思うのか?」
逡巡し、怪訝そうな顔でベテランの冒険者の瞳を見つめる。
虹彩は深い暗色の、赤錆た銅のようだ。それにもかかわらず、確かな感触で炎熱を想起させうるだけの力が放たれている──まるで、両眼が己が主の本領を伝えようとしているかのようだ。
「……あなたに近い解釈かもしれませんね。ですが、諦観するだけのあなたとは違いますよ──《紅蓮の切断者》」
「そうか。それが良い方向に進むことを願っている」
互いに通じ合ったのか、それ以上は何一つ言葉を交わすこともなく、黙って部屋を後にする。
そんな彼に罵声を浴びせ、制止を促すエルズだったが、残りの二人が彼に続いた時点で観念したように歩みを進めた。
ギルドマスターの元を離れていく間際、彼女は再び殺意を込めた視線を送りつけ、舌打ちをして扉を閉める。




