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白の言い分は良くも悪くも当たっていた。
警備が一人も見当たらず、侵入も容易に行えた。
強い闇のマナも先程の《呪符》によって影響が小さくなっている。ここまで見ると、白が本当に俺を支援しているようにも思えてきた。
しかし、どこまで歩いても風景は変わらないな。洞窟、洞窟、洞窟……。
不意に、俺は気付いた。《呪符》の効果で闇のマナに鈍感になっている。しかし、それでも俺の感覚はこの異常事態を如実に伝えてくれた。
これは幻術だ。誰がやっているかは分からないが、クラークのそれとは次元が違う。
壁に触るが、その質感は意識しなければ分からない程に現実的だ。
俺は光属性の導力を放出し、周囲の幻覚を引き剥がす。すると、奇妙な匂いが鼻についた。
鉄の匂い――いや、そんなものじゃない。
幾度か瞬きして、俺はようやく現実を認識した。
見覚えのある者が変わり果てた姿になり、地面に転がっていた。
「これは――」
「あら、善大王様ですわね。はじめまして、わたくしはライムですわ」
振り返ると、黒と認識する程に濃い藍色の髪をし、白と黒のツートンカラーの洋服を着こなした幼女が立っていた。
その長髪は綺麗に整えられており、顔の整いからして貴族辺りなのだとは察しがつく。しかし、それ以上に彼女の身分を示すものが目に付く。
特徴的なアホ毛。髪の色――間違いない、闇の巫女だ。
「俺を知っているのか?」
「あら、善大王様は小さい子に優しいと聞いていましたが……わたくしでは不足ですの?」
「俺を知っているのか、と聞いている」
威圧した途端、ライムは溜息をつき、媚びるような動作で俺に近づいてきた。
「ええ、知っていますわ。フィアちゃんから話は聞いていますの」
「やはり巫女か。……これはどういうことだ」
地面に転がる同胞達の亡骸を見下し、ライムは笑った。
「申し訳ありません」
《魔導式》を展開してみせると、ライムは表情を変える。「本当に申し訳ないと思っていますわ」
「ならば、何故殺した」
「他国の要所に立ち入ったこと、それは置いておきますわ。単刀直入にいいますが、この聖域の防衛装置に喰われただけですわね」
防衛……装置だと?
「なんのことを言っている」
「神獣について知っていらして?」
「ああ、一般教養としてな」
「それに喰われただけですわね。わたくしとしても残念な結果ですが、彼はこの場所に足を踏み入れた者を容赦なく殺してしまうので、止めようがありませんわね」
神獣、その存在については今言った通りにそれなりに知っているという程度だ。
ただ、本当に一般教養レベルしか知っていないわけではない。大昔の話とはいえ、光の国にある書物によって存在を認知しているというのが正しい。
女騎士カルマに興味を持っていた俺は大本の光の国で正しい歴史を知りたいと思った。
公式記録の内容はおおよそ本と同じだったが、だからこそ気になる点があった。
カルマの遺体は光の国に埋葬されているという話だが、墓には何も生まっていないということ。
大昔、《風の大山脈》に現れたという怪物から里を守る為、カルマは神獣と契約を交わした。
その結果、空を埋め尽くす程の巨大な風翼獣が現れ、怪物を撃破したという。
その事件以降、カルマは消滅。当時の《風の一族》と光の国はかなり揉めた、という話だ。
少なくとも、国の記録に残っているからには嘘というわけではない。それが実在するかは怪しいと思っていたが、巫女が言うならばいるのかもしれない。
「納得してくださいまして?」
「ああ、どういうことが起きたのかは分かった。だが、俺としては部下を殺されたんだ――許してはおけないな」




