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──アルバハラ、その郊外にて……。
「ま、そろそろかねぇ」
二つの魔力がかなりの早さで遠退くのを確認し、アカリは当初の依頼通りに、待ち人──彼女はヒルトがどう思っているのかは知らない、知る気がない──の元へと歩み出した。
屋敷に辿りつくと、窓を見ていたヒルトと目が合う。
騙し絵のように、捕らわれたる絵画の住民となっていた彼女のようをみるに、来ることを予期していたのだろう。
「(喜ぶなり驚くなりしてほしいもんだけどねぇ……ま、あたしゃどっちでもいいけど)」
あの激戦の後に、少女が魔力探知の技量をあげたのだと判断し、赤髪の女性は親族と教職が見せる感情を混じらせた。
パーティーがよほど楽しかったのか、出迎えは疲弊した侍女が来ただけだった。それも、気の利く方──おそらく侍女長だろうか──ではない雑用役が来ている。
「凱旋だっていうのに、ずいぶんとチャチな感じだねぇ」
「もうしわけありません」
「いやいや、構わないよ。それはそうと、あの子の調子は?」
一時の友を想う確認作業とも写るが、彼女の不安は善大王による干渉が如何様な結果となったか、だ。
おおよそ問題が起きないと分かっていても、こればかりは事前に確認しておかなければならない。
傷心状態の世話をする気がなく、そうであれば扉の前で警備の義務を果たすだけ、とドライな算段を立てていただけに。
「いえ、別段とくになにも……い、いえ! お嬢様は健康そのものです!」
何かを隠した、というよりも、特にないという返答を避ける為の言い回しのようだ。
アカリは「ひどい状況ですこと」と皮肉混じりに吐き、机の上を掃くような手の動作でその女性を払う。
ズンズンと歩幅の広い──女性らしさも気品もない──歩様で進んでいくが、侍女はそんな彼女に付き添っていた。おどおどと、気の利いた談笑をすることもなく。
「なんかようかい? あたしゃ、あんたには関心がないんだがね」
「あの……その……えーっと」
どう言ったものか、と言葉を選んでいる最中の相手を待つわけもなく、既に眼中へと収まっていた扉に向かう。
扉を明けた途端、二束の穂の尾が風に流されるように舞った。
ヒルトの横で目を閉じていた男は幾度か瞬きをし、冷酷さ以上に冷静さを窺わせる目つきをする。
「誰だい、あんたは! 答えによっては、この場で消し飛ばすよ!」
男は黙っていたが、上瞼と下瞼の頻繁な交際を認めた。そして、何回か繰り返された時点で、斜線にも思えたそれは緩やかな弧、曲線になる。
「う、うわぁぁ! あやうく盗賊の連中に殺されるところでしたわ」
「……盗賊?」
起きあがってすぐ、男は──チャックは揉み手でアカリへと近づいていく。
「いやぁー夢ですよ、夢。苦労して手に入れた商品を持ち帰る前にねぇ、取られそうになったと。そんで、その場を切り抜ける為に町中を歩き回って、ブリッツの大橋を観光しに行こうとしたってわけですわ──って、盗賊関係なくなってますな! まぁ夢だからよくあることって」
チリチリと無駄毛の毛先が燃えだしているような、強い圧迫感のある魔力を向けられながら、彼はそんなことを言うのだ。
まるで気付いていないように、事態の重さを気付けていないように。
殺伐とした空気と暢気な声が混じりだし、不協和音でも発生していたのだろうか、眠りに落ちていた少女は体を揺らしながら覚醒する。
「アカリ……?」
目をこすりながら起きあがったヒルトは、第一声に彼女の名を呼んだ。
「おっ、ヒルトちゃん起きたんかい。それにしても、あんなうるさいのに眠ってたのに、この姉さんが来た途端に目覚めるなんて……まるで眠り姫みたいやね」
「チャックおじさん?」
「はいな。今日はお父さんに頼まれて守るっていうお仕事、お菓子は持ち寄ってないんですよ申し訳ない。代わりにこの飴をどうぞ、お納めください」
スッと取り出し、道化のように頭を下げてみせる坊主頭が愉快なのか、少女は笑みを浮かべた。
「相変わらず、おもしろい」
「おぉっ! あのヒルトちゃんが笑ってくれてるとは! これは行脚だけじゃなくて、興業して回るのもありかもしれないってことっですかね。姉さんとヒルトちゃんも来るかい?」
冗談と分かりながらも、ヒルトはむすっと──それであって考え込んでいるような護衛と顔を見合わせた。
「……ねぇ?」
「いやぁ? あたしゃ構わないよ。面白いっていうならね」
「えっ!?」
「おぉーっ! 姉さん! なかなかにノリがいい! こりゃ善は急げ、やるなら最初で、の精神でやってみますか!」
「時間拘束に対価は払ってもらうけどねぇ。一日金貨二枚と銀貨二枚はつけてもらうけど」
「どっひゃー! それどんな内約になってるんですか! 法外でさぁ、法外! それじゃあお客さんからそうとーボラなきゃ元取れないですって!」
この者達はまるで、戦時中であることを忘れているかのように、コミカルで、それであって魔物の存在を勘定に入れていない。
そんな突っ込みを待っているような二人を前に、一人唖然としていた主役の少女はついていけないとばかりに、黙ってソファーに背を沈み込ませた。
「目指せ年間、金貨八百枚ってね。ま、冗談でもないからご用の際には是非とも不死の仕事人に」「おーあの悪名高い守銭奴さんでっか」
「そういう意味では同業者かもしれないねぇ。まぁ、名をここまで売れているんだから、商人の才もあるかもしれないけどねぇ」
同業者、というのは金をやりとりする人間という意味だ。商人もその意味でいえば、アカリのような奇妙な仕事とも同分類である。
信頼貯金もまた、リピーターを取る為の行動としてみれば、まさしく金を稼ぐ為だ。
「とりあえずまぁ、しばらくは同僚ってことで。よろしくお願いしまっせ」
「あいよ、せいぜい邪魔にならないようにしな」




