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大空のフィア  作者: マッチポンプ
後編 ダークメア戦争
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 ──アルバハラ、その郊外にて……。


「ま、そろそろかねぇ」


 二つの魔力がかなりの早さで遠退くのを確認し、アカリは当初の依頼通りに、待ち人──彼女はヒルトがどう思っているのかは知らない、知る気がない──の元へと歩み出した。

 屋敷に辿りつくと、窓を見ていたヒルトと目が合う。

 騙し絵のように、捕らわれたる絵画の住民となっていた彼女のようをみるに、来ることを予期していたのだろう。


「(喜ぶなり驚くなりしてほしいもんだけどねぇ……ま、あたしゃどっちでもいいけど)」


 あの激戦の後に、少女が魔力探知の技量をあげたのだと判断し、赤髪の女性は親族と教職が見せる感情を混じらせた。

 パーティーがよほど楽しかったのか、出迎えは疲弊した侍女が来ただけだった。それも、気の利く方──おそらく侍女長だろうか──ではない雑用役が来ている。


「凱旋だっていうのに、ずいぶんとチャチな感じだねぇ」

「もうしわけありません」

「いやいや、構わないよ。それはそうと、あの子の調子は?」


 一時の友を想う確認作業とも写るが、彼女の不安は善大王による干渉が如何様な結果となったか、だ。

 おおよそ問題が起きないと分かっていても、こればかりは事前に確認しておかなければならない。

 傷心状態の世話をする気がなく、そうであれば扉の前で警備の義務を果たすだけ、とドライな算段を立てていただけに。


「いえ、別段とくになにも……い、いえ! お嬢様は健康そのものです!」


 何かを隠した、というよりも、特にないという返答を避ける為の言い回しのようだ。

 アカリは「ひどい状況ですこと」と皮肉混じりに吐き、机の上を掃くような手の動作でその女性を払う。

 ズンズンと歩幅の広い──女性らしさも気品もない──歩様で進んでいくが、侍女はそんな彼女に付き添っていた。おどおどと、気の利いた談笑をすることもなく。


「なんかようかい? あたしゃ、あんたには関心がないんだがね」

「あの……その……えーっと」


 どう言ったものか、と言葉を選んでいる最中の相手を待つわけもなく、既に眼中へと収まっていた扉に向かう。

 扉を明けた途端、二束の穂の尾(ほのお)が風に流されるように舞った。


 ヒルトの横で目を閉じていた男は幾度か瞬きをし、冷酷さ以上に冷静さを窺わせる目つきをする。


「誰だい、あんたは! 答えによっては、この場で消し飛ばすよ!」


 男は黙っていたが、上瞼と下瞼の頻繁な交際を認めた。そして、何回か繰り返された時点で、斜線にも思えたそれは緩やかな弧、曲線になる。


「う、うわぁぁ! あやうく盗賊の連中に殺されるところでしたわ」

「……盗賊?」


 起きあがってすぐ、男は──チャックは揉み手でアカリへと近づいていく。


「いやぁー夢ですよ、夢。苦労して手に入れた商品を持ち帰る前にねぇ、取られそうになったと。そんで、その場を切り抜ける為に町中を歩き回って、ブリッツの大橋を観光しに行こうとしたってわけですわ──って、盗賊関係なくなってますな! まぁ夢だからよくあることって」


 チリチリと無駄毛の毛先が燃えだしているような、強い圧迫感のある魔力を向けられながら、彼はそんなことを言うのだ。

 まるで気付いていないように、事態の重さを気付けていないように。

 殺伐とした空気と暢気な声が混じりだし、不協和音でも発生していたのだろうか、眠りに落ちていた少女は体を揺らしながら覚醒する。


「アカリ……?」


 目をこすりながら起きあがったヒルトは、第一声に彼女の名を呼んだ。


「おっ、ヒルトちゃん起きたんかい。それにしても、あんなうるさいのに眠ってたのに、この姉さんが来た途端に目覚めるなんて……まるで眠り姫みたいやね」

「チャックおじさん?」

「はいな。今日はお父さんに頼まれて守るっていうお仕事、お菓子は持ち寄ってないんですよ申し訳ない。代わりにこの飴をどうぞ、お納めください」


 スッと取り出し、道化のように頭を下げてみせる坊主頭が愉快なのか、少女は笑みを浮かべた。

「相変わらず、おもしろい」

「おぉっ! あのヒルトちゃんが笑ってくれてるとは! これは行脚だけじゃなくて、興業して回るのもありかもしれないってことっですかね。姉さんとヒルトちゃんも来るかい?」


 冗談と分かりながらも、ヒルトはむすっと──それであって考え込んでいるような護衛と顔を見合わせた。


「……ねぇ?」

「いやぁ? あたしゃ構わないよ。面白いっていうならね」

「えっ!?」

「おぉーっ! 姉さん! なかなかにノリがいい! こりゃ善は急げ、やるなら最初で、の精神でやってみますか!」

「時間拘束に対価は払ってもらうけどねぇ。一日金貨二枚と銀貨二枚はつけてもらうけど」

「どっひゃー! それどんな内約になってるんですか! 法外でさぁ、法外! それじゃあお客さんからそうとーボラなきゃ元取れないですって!」


 この者達はまるで、戦時中であることを忘れているかのように、コミカルで、それであって魔物の存在を勘定に入れていない。

 そんな突っ込みを待っているような二人を前に、一人唖然としていた主役の少女はついていけないとばかりに、黙ってソファーに背を沈み込ませた。


「目指せ年間、金貨八百枚ってね。ま、冗談でもないからご用の際には是非とも不死の仕事人に」「おーあの悪名高い守銭奴さんでっか」

「そういう意味では同業者かもしれないねぇ。まぁ、名をここまで売れているんだから、商人の才もあるかもしれないけどねぇ」


 同業者、というのは金をやりとりする人間という意味だ。商人もその意味でいえば、アカリのような奇妙な仕事(シノギ)とも同分類である。

 信頼貯金もまた、リピーターを取る為の行動としてみれば、まさしく金を稼ぐ為だ。


「とりあえずまぁ、しばらくは同僚ってことで。よろしくお願いしまっせ」

「あいよ、せいぜい邪魔にならないようにしな」


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