10
──翌日、アルバハラにて……。
「守り抜いていただけましたか」ハーディンは言う。
「ああ、約束は果たした。これで、俺も別の場所にいける」
素っ気ない対応に思えたが、彼がそこで言葉を切るはずもなかった。
「お前に聞きたいことがある」
「……はい」
「スタンレーという男に面識があるのか?」
少し考えたような仕草を見せた後、眠りに落ちている娘の頬を撫でながら、一介の父親として答える。
「はい」
「奴は組織の人間だと認識している。あいつ自身、そう言っていた」
「ですが、協力を受けていただけました。その様子なら、契約は果たされたのでしょう?」
「奴が情報元か?」
ハーディンは黙って被りを振り、話題を逸らすように──それであって続く問いに対応した。
「あの者とは面識がありません。こちらの収集している銃が交渉材料に用いられただけですよ」
「……そうか。お前が俺に繋げたのも、そうした取引の結果か?」
疑問を覚えたらしく、彼の表情には影が現れる。
しかし、すぐにその意味を読み当てたらしく、幾度か頷いた。
「ダーインの銃を見つけましたか」
「呼び捨てか」
「ええ、彼と私は友人ですから。あれは友好の証──この世界で数少ない、ガンスミス同士の」
そう言うと、腰に装着していたホルダーを外し、善大王に差し出す。
不穏な空気を感じながらも──それはまさしく、かつての《聖魂釘》を思い出す──今回の相手は違うと、それを受け取った。
……当然、肉体に変化が及ぶことはなく、ホルダーのスナップボタン──凹凸を合わせて留めるもの──を外し、収められていた拳銃を取り出す。
それは奇妙なものだった。
見た目こそはただの拳銃、長方形二つを組み合わせた積み木のような、彼もよく知る形状だった。
ただし、ホルダーには追加の装備らしき、小型のナイフも収納されている。
「私の作業部屋に行きましょうか」
灰青髪の男に連れられ、彼は再びあの部屋を訪れることになった。
スタンレーは正真正銘、あの銃だけを持ち帰ることを決めていたらしく、部屋の様子は以前と同じまま。
「見ての通り、この部屋の銃は全て《武潜の宝具》です」
「模造品はないのか?」
「ほとんどを雷の国に差し出しましたよ。宝具も使い勝手のいい物は捧げました」
この国、そこまで強い印象を抱かない雷の国が今まで生き残ってきた理由──ライカだけではなく、一般の兵でさえ能力や宝具を使っている、というのが真実なのだろう。
そのほとんどが、底知れないものとして運用を避けられてきたものだ。
「ですが、気付きませんか?」
「何に」
「銃剣……剣を装備させた銃はいくつかありますが、そのような銃に装着しているものは見られません」
見渡し、この部屋の主の視線を追っていくと、幾多の銃剣──全てが長身の銃だ──が置かれていた。
だが、その言葉の通りに拳銃にそれが施されている物はない。
善大王は見様見真似、置かれているものから推察し、ナイフと拳銃を合体させた。
射程の拡張は乏しく、攻撃力としても微々たる変化だ。ガンスミスの告げる通り、このようなものに実用性があるとは考えられない。
「それを差し上げます」
「こんなものを渡されても困るんだがな」
「銃弾の装填方法や撃ち方はお教えしますよ」
使う機会はないといえ、彼は幾度か本物を用いた練習をしている。その点で言えば不足はなかった。
ただし、善大王がそれを使わなかった、という意味は明白だろう。
合理主義者の彼が便利と知りながら、密かに所持することもないのは──大きな魅力を覚えなかったからだ。
なにせ、異世界から召喚された武具の多く──いや、拳銃のような消耗品は補充が行えないのだ。
模造品用の弾はダウングレードをなし、それに対応した性能の銃になっている。
暴発の危険性は少なくとも、補給が限られた場所でしか行えない武器が優れているはずがなかった。
ならば、まだフリントロック式のもの──こちらは古い時代に模倣品として作られ、文化として定着したもの──の方が信頼性がある……というのが善大王の持論である。
「その銃にはいくつかの機能を追加しています。ダーインと共同製作した新型ですから」
疑念の回答として、ハーディンは言い放つ。
収集部屋にもかかわらず、奥の壁には的が配置されていた。
打ち出された弾丸は──緑色をしていた。
ハーディンはマガジンを取り出すと、装弾数を改める。そして、また発砲し、再びそれを行った。




