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激しく散乱する光線は膿の針によって封じ込まれたが、そうでなくとも消えていたことだろう。
トカゲの生命活動は停止し、黒い粒子となって消失する。攻撃の渦中にあった善大王はというと……拳を地に当てたまま、傷一つなく静止していた。
彼は読んでいたのだ。魔物が生み出す攻撃──それが生体物質ならばなおさら──は主の死と同時に効力を失うのだと。
それこそが強みであると同時に、弱点であるとも理解していた。
魔物の死体、体液などが残留すれば、そこから解析を行うことができる。ただ、事実としてそうなってはいないのだ。
情報封殺が狙いだと判断した善大王からすれば、こんな危険としか思えない賭けが成功することでさえ、必然でしかなかった。
選択に命が賭けなければならないとしても、自身が推理した末の答えであれば自信を持って行動する。その一般人では考えられない大胆さこそが、彼の強さの象徴だった。
そして、この時点で勝負は決した。
時間稼ぎを許したことが原因となり、二体の魔物は同胞を殺した男の前にまで近付いていた。この短期間に、各個撃破の優位性を学んだのだろう。
「さーて、勇者らしくこいつらを倒すとすっかな」
ファイティングポーズを取った瞬間、空から巨大火球が落ちてきた。数は二つ、標的は──魔物だ。
背後からの接近を察知し、反撃しようとするが、この一撃は彼らにとって荷が重すぎるものだった。
「おれの秘術の前に屈するがいい!」
二度の震動が周囲を襲い、善大王も吐き気を覚える。幸い、熱量は彼に牙を剥かなかったが、それでも衝撃は無力化されてはいないのだ。
余波が過ぎた後、その場は始まりの姿とは大きく異なったものとなった。
数えるのを拒みたくなるような、人間と魔物を入り混ぜた無数の屍が──炭と骸が増えている。
人のものはほとんどが炭に変わり、その焼け滓でさえ、四肢二十指を保っているものはいない。
残っていた大きな虫の死骸も、粒子となって消えてしまえば何も残らない。
「こんな炭が転がっているところか?」
「気にするはずもない。おれは役割を果たした、ここから先は知らん」
始まりの姿との相違点に挙げた点を除き、その場はなにも変わっていなかった。
善大王を大地の一部として扱う導式を組んだらしく、戦火の痕跡は小さく済んでいる。
スタンレーがそこまでの手間を惜しまず、さらにあの状況で行ったということを考えると、ここでの隠蔽がどれほどまでの意味があるかが窺える。
「ハーディンの要求か」
「貴様に言う筋合いはない」
「(……ハーディンが気取られたくないのは、国か? ……それとも、娘になのか)」
自分の推測が正しいという前提で推理を行い、彼が辿りついた答えはその二つだった。明白名用にも見えるが、その二つに絞ったという点が大きかった。
しかし、そこまでで思考を中断した光の皇は法衣を翻し、屋敷に足先を向けた。
「ま、俺の知ったところじゃないか。おつかれさん、やつらもきっとこないさ」
「……それには同意するが、おれはまだ用事がある」
「こっちもオシゴトだ。お前の見張りにつかせてもらう」
「意味があるとは思えないが、そうしたいならば勝手にしろ」
そうして、たった二人で軍の衝突に等しい戦いを生き延びた男達は戻っていく。守りたかった者がいる場所に。




