闇と光の皇
船が停止したと同時に俺は目覚め、席から立っていく者達に続いて船の外へと出ていった。
深い藍色の霧が島全体を包み込み、太陽の光を遮っている大陸、ブラックミスト大陸。
闇の国といえば《魔技》が突出している国という印象がある。
ほとんど完成されているとはいえ、未だに研究が進められ、結果が出ている辺りはさすがといったところか。
一応、光の国として馴染み深いのが闇の国産の薬剤だ。薬剤と言うと聞こえはいいが、実際はほとんどが薬物のようなもの、人の精神を狂わせるものまである。
ただ、そうした危険な薬物ですら使いようもある。末期患者の痛覚を和らげるなど、悪しき方向にさえ使わせなければいいだけだ。
だからこそ、光の国としても直接的な規制はしていない上、世界的にも排他されていない。
そうは言っても、闇の国の治安の悪さは目に見えてひどい。
危険薬物でぶっ倒れている民が地面に転がり、気性の荒い者まで目に入ってきた。
闇のマナの影響が強いのか、妙に体調が悪い。とりあえずは《魔技》で吐き出していくか。
ミネアの言いつけを破るというわけではないが、幼女を探して目線を泳がせてみる。
見つかるには見つかるが、思った通りに虐げられている側の存在だった。手を出して金をやってもそれが救いに直結するとは言えないのが、こうした土地だ。
待ち合わせは闇の国の聖域。巨大化したマナクリスタルもそこにある。
しかし、ここですらこの調子の悪化具合。聖域ともなれば拒否反応が大きいかもしれない。
「こんにちは」
俺に声を掛けてきた男は、明るめの茶髪をした優男だった。
俺にタイプが似ているような気がするが、この男の場合はどちらかというと中性的。中肉中背でこの腰も柔らかく見える。
「こんにちは……って、昼なのが分かるのか?」
光属性や闇属性使いは太陽から放たれる光属性のマナ――闇属性使いは打ち消されている闇属性のマナ――によって朝昼晩を判断する事ができる。
闇の国の人間ならば当然とも思えるが、この男の言い方はまるで光属性使いのそれに思える。
「この国では息苦しいでしょう? これをどうぞ」
手渡されたものは《呪符》だった。
《呪符》といえば、特殊な紙に血液で《導式》を刻みこんで使う道具だ。事前に導力を練り込んでおくことで、機動分だけで術を発動できるという便利なものだ。
建国記の時代では主力だったが、現代では《魔導式》という上位の技術が広まり、使い手はほとんどいなくなっている。
《導式》を見てみるが、どういう術なのかが一切分からない。
「闇属性に耐性を得られる術ですよ」
なぜか、俺はこの男に疑惑を抱かなかった。
《呪符》を起動すると、急に調子が良くなり、俺は驚いてしまう。まさか、ここまで効果があるとは。
「会っていきなり悪いな。名前は何と言う?」
「白と言います。さしでがましいとは思いますが、闇の聖域に行くならば今だと思いますよ」
その言葉を聞いた瞬間、俺は白を睨みつけた。
「なんのことだ」
「今は警備も緩いですからね。狙うなら、と」
「そういうことじゃない。なぜ俺にそれを言う」
聖堂騎士が情報を漏らしたとは思えない。だとすれば、既にその存在が気付かれていた、ということか。
「では、私はこれで」
「ま、待て!」
制止したが、白は何も言わずに去っていった。
不気味さこそ覚えていても、聖堂騎士と合流しないことには始まらない。
罠と分かりながらも、俺は闇の聖域へと向って歩き出した。