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大空のフィア  作者: マッチポンプ
後編 ダークメア戦争
469/1603

7

 魔物を含め、全てを薙ぎ払ったはずだった。しかし、それは完全な意味では達成されていない。

 相手の真の目的は、隠蔽。

 蜘蛛が穴だらけになり、消滅していくと同時に、周囲に張り巡らされていた偽装が解除される。

 そこには、数百人規模の敵兵が立ち並んでおり、何をするのかも分からないといった様子で敵意を向けていた。


 この数に付随し、後方に見える魔物という点を加味すると、二人の手慣れが読めなかったというのは奇妙に感じる。


 ただし、その答えはすぐに──経過を見ていれば、誰にでも分かるものだったのだ。

 固定していた絵が古びていくように、風景が消え、灰一色となって崩れていく。

 藍眼の魔物が生み出した小さな蜘蛛が壁となり、目隠しとなり、その場にある戦力の姿を隠していたのだ。


「これは相当に悪い状況だな」


 そう言いながらも、二人の表情に焦りは見られなかった。

 善大王は飽くまでも支援に徹し、《秘術》という高火力術で敵を薙ぎ払うという流れだ。それこそ、フィアとのタッグと変わりはない。

 だからこそ、全てがうまくいったのだが。


「速度あげられないのか? このままじゃ子供らが起きるまで掛かるぞ?」

「ならば、貴様も使ったらどうだ。あの力ならば、奴らを葬ることは難しくあるまい」


 使いたくとも、愛しの小さな恋人が許可をしなければ使えない。彼は幾度もその事実に歯がゆい思いをしてきたが、いまは違う。

 今の掛け合いは発破でしかなく、戦力的には現状でさえ十二分なのだ。


 しかし、そう言っていられたのはここまでのことで、魔物側もついに本隊が到来する。

 鈍色が三体、藍色が一体。配置数でいえば凄まじいの一言だが、なにぶん手の内を知っているだけに恐れはなかった。


「……さーて、この状況で秘術は使えるか?」

「さあな。ただ、多少は無理をしなければならないようだ」


 互いに頷き合うと、待ちが基本の術者二人が走り出した。


「(魔物は知性を持つ。奴らだって、俺達が術者なんてことは、とっくの昔は分かっているはずだ)」


 繭のような魔物──蠕動しながら移動しているので、ずんぐりした芋虫にも見える──は造兵中だったらしく、攻撃のタイミングを完全に外される。


 開かれた穴から覗く藍色の瞳に向かって、善大王の光弾が放たれた。僅かな淀みもない、完全な狙い撃ちだ。

 着弾こそするが、案の定大きなダメージには繋がらない。

 目元だけだが、スタンレーはそうした脆弱な一撃を軽蔑し、侮るような態度をする──気付きに至るまでの一瞬だけ。


 反撃をしようとしたのか、繭の眼球に紫色の文字が刻まれていき、術発動の準備が行われていく。

 それにもかかわらず、二人は依然として走り続け、同時に《魔導式》を展開していった。まるで、どのような攻撃をされても対応できるといった様子だ。


 イボの多いトカゲが尻尾を振り、二人の人間を弾け飛ばそうとする。

 だが、歴戦の戦いを共にした戦友を思わせる、一糸乱れることない同時の跳躍によって空振りに終わる。


「(どうやら、秘術は使ってたみたいだな。とりあえずは真似するのが無難ってか)」

「(分かっているならば、都合がいいが……察しが良すぎるのも、後々面倒だ)」


 両者とも相手に敵意を向けながらも、疑いなど抱いていなかった。

 《絶対直感(ウルティマセンス)》を発動させ、眼前未来──とてつもなく近い未来──を確認した上でスタンレーは動いている。

 善大王もそれを予測し、防御の策を用意せずに彼の真似をしているのだ。自分の失敗を予測して動く者はいない、という論理性を含めて。


 疑心なき信頼という面は事実であるが、論理的思考を好む者が無防備に動くはずもなく、魔物の攻撃にも常時気を払っている。

 盗人だけが範囲外で、自分がそこに含まれていては意味がない、ということを理解してのことだろう。


 閑話休題、回避され、勢いを失った尻尾に狙いを定めたのは善大王だった。


「各個撃破だ。付き合えよ」

「命令するな! 言われずとも、ムシケラ共は一匹ずつ潰していく!」


 自身の元に尾を戻そうとするが、その時を待っていたとばかりに加速の前段階にあったそれに飛び乗り、振り落とされないように導力で吸着する。

 ただ、この戦いは二対一ではなかった。暴風を浴びながらも食いしばる最中にも、顔のない巨大ダニは忍び寄っている。


「こりゃ、止まってる場合じゃねえな」

「……不本意だが、そのようだ」


 胎児程はあるだろうか、というダニが牙を向けて飛びかかってきた瞬間、善大王とスタンレーの──黄色と橙色に光る鉄拳が放たれた。

 一人ならばまだしも、二発も打ち込まれたとなれば、それは術には勝らずとも劣らない威力となる。

 そもそも、一人分でさえこの近距離ならば、中級術相当なのだから──過多であるのかもしれない。


 そこからは器用なもので、次々と送り込まれる雑兵──これらをそう扱える者が異常だが──を拳で打ち破っていき、移動を進めていた。

 塗りたてのペンキを踏むような──スパイクシューズで地を穿つような、強い抵抗感を含ませた走法にもかかわらず、彼らは速かった。

 (スパイク)どころか、(ペグ)を突き立てているかの如く安定性を見せているかと思えば、離れる際には大理石の床を歩むように抵抗感を感じさせない。


 《選ばれし三柱(トリニティア)》……それも《星》に匹敵しかねない導力制御だというのだから、驚きは隠せるものではなかった。

 それを共に戦う者達が同等に行っているというのだから、なおさらだ。


 一対の瞳が寄り、眉間に感じる四つの点を忌々しげに観察する。もはや品定めなどではない、標的に照準を合わせる為の行為だ。


「貴様一人で十分か?」

「無茶を言う。ここまで来たんだ、一緒にやった方がよかないか?」

「……こいつを殺す方法を持っていることに、おれが気付いていないとでも言いたいのか」


 さすがに諦めたらしく、半笑い気味に善大王は了承する。

 盗人がその場を離れた瞬間、無数に存在していたイボが急激に赤さを増した。まるで、膿を絞りだそうとしているような──膿を絞り出す行為だった。


 発赤(ほっせき)した部位、その先端とも言える場所から、針を想起させる乳黄色の針が撃ち出された。


「(おいおい、これを読んでたのかよ)」


 ほぼ全方位、隙間はネズミさえ通り抜けられないほどのものが無数に存在している程度。


「(これの成功も、予測してくれていると助かるんだがな)」


 地面に右手をつけると、素早く息を吸い込み、叫ぶ。


「《驚天の一撃(アメイジングブロウ)》」




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