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大空のフィア  作者: マッチポンプ
後編 ダークメア戦争
468/1603

6

 一人で待つ善大王の前に、一人の男が現れた。


「……天の巫女はいないか」

「子供はおねむの時間だ──しかし、本当に吸血鬼か」


 黒い髪だけで判断するのは安易だが、ラグーン王のそれとは根本を違えている。

 スタンレーの情報を鵜呑みにするのは迂闊だが、それでも十分な要因とはなっていた。


「ヒルトちゃんを狙うのは、あの子が組織の実験体だからか?」

「……その通り」

「ならお門違いだ。あの子はハーディン──実験体の子供にすぎない」

「だからこそだ……その効力が後の血統に遺伝するならば、量産することもできる」


 違和感を覚えたからか、善大王は続きを問う。


「ッ……あの子を別の実験に使うつもりかッ! そこまでして風属性を……」

「我々の狙いは全ての属性を支配すること。風属性はその始まりにすぎない」


 この時点で、全てが確定した。


「さて、光の皇よ……ここで終わりとしよう」

「終わらないさ。お前の裏に誰かがいて、そいつは目的すら告げていないことが分かったからな」


 何のことだ、と言いたげな黒髪の男を睨みながら、善大王は手を挙げて叫んだ。


「大いなる熱を集わせし輝きよ、我が眼前の敵を打ち貫け! スパイキングレイ」


 聞き覚えのない術名、詠唱から《秘術》と勘ぐった男は《魔導式》を探し、突き系統の攻撃に警戒を示す。

 途端、天の赤き雫が滴った──一粒ならず、三点もの炎球が。

 火炎の奔流に飲まれながらも、善大王の身が焼かれることはない。事前の打ち合わせで、彼を効果の対象から外すことを要求していたのだ。

 不信を抱いていれば、ここで無為な防御をすることになっただろう。

 両者が信頼し、行動したからこそこの光景は成立している。そして、詰みに至る手順までもが。


 敵性反応は消えているが、水のように跳ね返る炎の中を駆け、既に消し飛ばされたと思わしき場所に向かって手を伸ばした。その腕には、黄色の光が宿っている。

 しかし、掴んだのは人型の炭だけ。こうなると、回復させることはできない。


「……やはり、か」


 当初の予定通りに敵だったものを握ると、彼の放つ光は翳りを見せたのだ。

 あの黒髪は幻術によって構成されたものだ。替えの人間を置いておき、警戒として送り込んだのだろう。

 実体のせいで隠れていたが、善大王はそこに含まれていた微量な闇の魔力──本人のものと幻術のものは性質が若干異なっていた──を察知していた。


 それが尖兵だったとばかりに、次々と感知内に反応が現れ出す。これはつまり──本当に諦めたということだ。

 厄介なことに、増えた反応は人間のものではない。おそらく、失敗が確定した時点で魔物を寄越すように取引をしていたのだろう。


「さて、どうする?」

「あの吸血鬼がこないのであれば、雑魚も同然だ! このおれの秘術で全て焼き払う」

「ああ、火力はあんたに任せるぜ。俺は──」


 常々見せる《魔導式》が展開されていき、彼の得意とする波状攻撃の充填がなされていった。

 羽虫を伴って現れたのは、蜘蛛──と思われる魔物だった。

 節足動物の本数に、蛸足の八本が追加されているというのだから、これを当該の生物に当てはめるのは少々厳しいところがある。

 無数の眼球の内、対となる場所の二つだけは藍色をしている。この大陸内で言えば、最上位の戦力だ。


「おいおい、ヒルトちゃん殺すつもりか? それだけ厄介ってことかよ」軽口を叩く。

「この場の戦力を削ぐ間に動くつもりだろう」

「あの偽物を操ってた奴の発言かは分からないが、妙じゃなかったか? 風属性を求めるならヒルトちゃんは使える。でも、あの子は属性を引き継いだだけ──属性変化実験の産物とは違う」

「……大義は知っているが、あの娘を生きたまま連れ帰る理由は知らない、か」


 自分で事態を単純化、解明したからか、とても上機嫌にみえる。その調子のまま、元敵対者に返した。


「組織自体はヒルトの処理を優先してるんだろうな。でもなきゃ、魔物を寄越すわけがない。少なくとも、羽虫共が知的な行動をできるとは考えられないしな」

「ならば──守りながらの戦闘か。おれが最も嫌うやり方だ」

「それには同意だ。ま、小回りが利く俺が動いておくとするよ。任せときな」


 吸血鬼について()知識がないこともあり、善大王は安堵している。

 吸血鬼と面識があるスタンレーもまた、安心しきっていた。

 相手が異形にして強大な敵だとしても、知りうる限りは対策を打つのは難しくはないのだ。ここにいる二人の強者ならばなおのこと。


 羽虫が先陣を切るものかと思われたが、そこには小型の蜘蛛──こちらが正真正銘の八本足だ──が混ざり込んでいる。

 遠目にしか見えないが、あの十六本足は口から蜘蛛の子を吐き出しているらしい。兵員増強を得意としているようだ。


 押し寄せる大群に対し、光の皇も怒濤のように光弾を放ち、羽虫や蜘蛛の子を打ち抜いていく。

 大剣の一撃で絶命する彼奴らが一撃だというのだから、この術が内包している威力の高さが窺い知れることだろう。


 対人用の調整を含めない術はフィアに限ったことではなく、強力であることが多い。

 威力、狙い撃ちには総じて制御が必要だ。術者の技術が介在する点が多ければ多い程、集中力などが消費される。

 これこそが、ライカの術が魔物を一撃で焼き払い──味方の軍も一緒だが──滅殺するに至った理由だ。彼女の場合、範囲の制御すら曖昧にしている節があるが。


 閑話休題、善大王の猛攻は継続的に行われ、火力の減退も見受けられない。

 ただ、根本的に数が足りない。相手が合計五十から百以内の勢力とはいえ、一呼吸中に五体は葬らなければ停止させることは不可能だ。

 そう、彼が本当に一人であれば、それまでだ。


()よ、氷を輝かせろ《天舞の細氷(ダイアモンドダスト)》」


 かつて《皇の力》の使用を強いられた術が、味方となって発動している。

 体験し、防ぎ、通常方法での突破が不可能だと知っているだけに、彼が感じる心強さがどれほどのものだったのかは想像するに難くない。


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