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外に出てみるが、気配の根元は辿れない。
そもそも、本当にいたのかどうかも分からない、そんな錯覚を二人が覚えるほどになにもなかった──魔力の痕跡すら。
「逃げた? いや、ならこれは……」
思考を巡らせる善大王とは対照的に、スタンレーは行動を優先させた。
なにも起きないはずの状況、それにもかかわらず、彼は《魔導式》を展開している。
放たれる魔力の質、一向に止まることのない導式の構築、知りうる知識には存在しない配列。その時点でようやく、なにが行われようとしているのかが判明する。
「誰に秘術をぶちかますつもりだ?」
「貴様は黙っていろ。おれにはおれのやり方がある、貴様にはできないようなことだ」
大人げなく怒るようなことはせず、善大王は待ちに徹した──などということが起こるはずもなない。
彼は彼とて思考で敵を辿っていく。
何故、姿を消したのか。何故、痕跡を消したのか。何故、この場に来たのか。
「(俺達に気付き、誰が来たのかを悟らせないように痕跡を消した。目的は間違いなく、ヒルトちゃんだ)」
第一項目はとても簡単なものだった。フィアでも読めそうなことだが、こうしたことを根から探っていくほうが、より誤差を減らすことができる。
続くのは相手の人物像。
二人に気付くことができた理由、二人がいると分かった理由、任務を放擲した理由。
「(俺達の魔力は希薄だった……それに、スタンレーについては目で見るまで気付かなかった程だ。魔力の察知の線はない……だとすると)」
あり得ない予測が出たことにより、彼はこの問題を一度置くことにした。すぐに断定するのは安易であり、考えを歪める。
「(俺達がいると分かった理由、それは──)」
再び、共通の答えに辿りついた。
「(ヒルトを捕らえる策を諦めたのは、俺達二人を発見したからだ。だが……なんで魔力を察知させた?)」
ここに来て、二つの疑問を解決させる為の簡単な方法を取った。
知的遊戯として、実用性を考えるならば避けた方がいいが、今はなるべく早く済ませなければならない。
「組織にお前の動きを気取られた、または言ったりしたか?」
「……これはおれの独断だ。奴らが知り得るとは思えない」
この時点で、半分以上が確定した。
「おそらく、さっきの奴は逃げていない」
「……何故、断定できる」
「奴は俺達を目視、またはそれに近い方法で捉えている。情報が漏れたという線もあるが──いや、それが有力だが、だからこそ逃げてはいない」
善大王は周囲の様子を窺いながら続ける。「お前という、予測外の存在がいたから攻めてこないだけだ」
「あの組織に味方を救ってやろうなどという、義に満ちた者はいなかったはずだが」
「おそらく、目的はヒルトちゃんの誘拐だ。だとすれば、邪魔者は少ない方がいい。それが組織の身内であるなら、適当に追い払うのが適切だ」
なにかしらの方法で、組織が防衛力の情報を手に入れた。
その上で、ヒルトの捕獲を成功させることのできる戦力を送り込んでいるのは間違いない。
しかし、そこに状況を知らない者がいるならば、目標の人物が奪取前に殺害される危険性が現れる。
幸いだったのが、その者が身内であったこと。
不幸だったのは、そこにいたのが善良な一般人ではなかったことだ。つまりは、スタンレーこそが不確定要素として捉えられていた。
「相手が魔力を使わずに俺達を感知できるのだとすれば、そいつは強敵である可能性がある……いや、そんな推論は必要ないな。少なくとも、一人で動いている」
「まさか……あの吸血鬼か? だが、奴がこの程度の任務をするなど」
「吸血鬼?」
問いには返答せず、スタンレーは《魔導式》を完成させる。
「ならば、周囲を丸ごと焼き払っていくだけだ」
「いや……もっといい考えがある」




