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大空のフィア  作者: マッチポンプ
後編 ダークメア戦争
466/1603

4

 ──その日の夜……。


 面白いことに、ヒルトの隣を守ることになったのはフィアだった。

 護衛対象と同じ床に寝るなど、通常では考えられない。それであって、こうする必然性があった。

 具体的には善大王が襲わないようにする為だ。そして、自分が襲われない為でもあった。


 とはいえ、彼も同室内待機は許されており、椅子に腰を掛けて目を閉じている。


 フィアはそんな恋人への威嚇──建前上の役割を果たす為でもある──として、眠るまでは魔力の探知を最大限に行っていた。


「(眠い……)」


 などと内心で思いながらも、一向に眠ろうとしない染め物の金髪を睨みつけ、天然の金髪少女は睡魔と奮闘している。

 だが、このような視線に当てられては、眠れるものも眠れなくなる。


 夜も更け、深夜にさしかかった頃、両者が眠りに落ちた。互いに許し合ったのではなく、単純に疲れてしまったのだ。


 そんな、闘争の気迫が消え去った瞬間、唐突に善大王は目を見開く。

 彼の察知、観察能力には目を見張るものがあるが、それが仇となっていたのだ。少女達に注視するあまり、見知らぬ魔力の反応に気付くことを怠った。


 失態の埋め合わせのように、フィアを寝かせたまま静かに席を立ち、外に出た。


 静寂の城内を進みゆくと、いつか見た斑な髪の男と遭遇する。

 これはとても不思議な出会いだった。相手も、自分も、戦闘の意志がないと理解できていたのだ。

 両方がそれを覚えるというのは珍しいことであり、怪訝そうな顔をしたままに会話を始める。


「何のようだ? 人様の家に入るなんて」

「貴様に言う理由はない、去れ」


 言いながらも、スタンレーは攻撃をし始めることも、その準備することもなかった。

 気になる単語、当時耳にした言葉、ハーディスの依頼──それが一点に結ばれるのは、ひとつの答えだけだった。


「イーヴィルエンター。お前もその一人か」

「ほぉ、多少はこちら側に関わりだしたようだな」

「ちゃんと答えてほしいものだが……どうなんだ」

「答えたところでどうということもない。それとも、敵対者としておれを殺すか? 貴様がおれに勝てるとでも?」


 負け越しのはずだが、彼には明らかな自信が見て取れる。

 それが虚栄などではなく、裏打ちされた実力と確固たる自負のもとに成り立っていることを、善大王は見逃したりはしなかった。


 当時でさえ、フィアとの連携で詰みに追い込み、勝利──退けた、というべきか──したが、各々が個々に戦った際に勝利できたかどうかは定かではない。


 そうして、臨戦態勢に入らない意味を部分的に悟り、食って掛かるという考えを改めた上で会話を続行した。


「……どうしてここに来たんだ? 用件は風属性の娘か?」

「おれは秘術を狩ること以外に興味はない──ただ、お前の予想はあっている、とだけは教えてやろう」


 襲いかかるのは容易だが、この場でそれをするのは常識に欠如したものとしか思えない。

 なにより、相手に戦う意志がないのであれば、無視をするのが聡明だ。組織の人間が来る、こないはともかくとし、主目的を果たすのが最優先である。

 少女の寝顔観察が急遽として、危険男の監視に変わろうとしているのだから、彼の心中は察するところにあった。


 瞬間、二人の顔つきが変化する。

 闘争心に満ち、敵を消し去ることを是とするような……最も生物らしい表情に。


 しかし、戦うのは彼らではない。真に戦うべきは、急激な上昇をみせる魔力──その主だ。


「貴様はあの娘の場所に行け。奴らはおれが狩る」

「命令される義理はないな。それに、お前を信頼できるはず……」


 毛細血管の内部を走るかのように、白い光が視界の中で網を張り巡らせた。

 次第に勢いは増し、生命の維持機能と死のカウントダウンの意味を持つ感触が、急激に加速していく。

 激痛が襲いかかり、頭が破裂しそうな感覚によって目は充血し、白目から鮮血を吹き出させる寸前を想わせた。


 そして、ふっと不快感を伴う感覚、刺激の嵐は去り、酔いが抜けるような──もしくは吐瀉(としゃ)したような──爽快感が善大王の心中に穏やかさをもたらす。


「いんや、俺も行く」

「患いを持つような男は、このおれの足手まといにしかならない! 邪魔をするというのであれば、ここで貴様を消す」

「……あの子の部屋にフィアが──天の巫女がいると言ってもか?」


 理解できないはずだが、彼は分かったのだ。

 スタンレーはきっと、悪意を持って動いてはいないのだと。そして、拒絶は自身が行った猜疑の鏡像でしかないと。


「お前を信用する。何の目的で来ているのか、敵か味方かは分からないが……あの子を守るという目的だけは同じだと信じる」

「勝手にしろ。だが忘れるな、おれの枷になると判断した時点で、貴様を先に処理する」

「ああ、できるものならな」


 互いの意図を知らないままに、かつて死闘を繰り広げた二人は手を結んだ。

 この場限り、この目的だけに限定された共闘関係。それであっても、普通であれば成立するはずのないものだった。



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