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大空のフィア  作者: マッチポンプ
後編 ダークメア戦争
465/1603

3

 ──アルバハラにて……。


 アルバハラに到着し、善大王一行は豪勢な屋敷に招かれることになった。

 到着早々、白鳩が飛び、バラの花びらが舞い、赤いカーペットが用意され……と、派手な出迎えを受けることとなる。


 あまりの空気感の違いにオドオドし始めるフィアを尻目に、善大王は慣れた様子で欲しているであろう反応をしてみせた。


「すばらしい! 豪華絢爛さ、そしてこの完成度、どれを取っても一流だ!」

「そうでしょう、そうでしょう! 遠路遥々お出でなさった善大王様に、中途半端な歓迎をするわけにいきませんので、水の国から……」


 長らく続いた自慢話の後、主であるハーディンは二人の客人と大広間までは向かったが、そこで用があると席を外す。

 この行動への疑問もあったらしく、妙に気合いを入れている婦人を社交辞令であしらい、歓迎会を抜け出して依頼主の私室に向かった──善大王一人で。


 成長こそしているが、フィアは大きく変化してはいない。宴のような空気に飲まれ、軽くいなすこともできずに取り残されたのだ。

 そういう理由もあり、彼が急に冷たくなった、ということでは決してない。付随するならば、あの場にはヒルトがいたのだ。


 部屋の配置を予測し、黙って屋敷内を徘徊していく。式の会場にほとんどの人間が集っているのだろう、彼を止める者はいなかった。

 そして、第一候補の扉に辿りつくと、ノックをしてから扉を開く。返答は待たない。


「長期の滞在はできない、それだけは忘れるな」

「今日と明日、それだけ死守していただければ大丈夫です」

「ほう……」


 互いに相手が何を言わんとしているのかを分かっているからこそ、いくつか必要な会話が抜け落ちてはいるが、意思疎通は成立していた。


「今回はすぐに戻れます。ですから、その間までをお任せしたい」


 幾度か瞬きし、謎多き男の顔を覗き込んだ。


「何かが起こる可能性は?」

「ほとんどない、かと。もし来るとしても、それ以降──最強の防御体制が築かれてからです」


 最強、などと尊大にして単純な表現だが、彼はそれを信じ切っているようだ。


「まぁ、ならいいが……」


 一刻も早く各国の状況を探りたい、と考えている善大王からすれば、ここでの足止めはなるべく早く終えたいところだろう。


 雷の国の領土内で魔物狩りを行うことも、同じく時間を取られる返礼ではあるが、そちらの場合は町村で情報収集を行うことが可能だ。

 対して、こちらでは半拘束状態だというのだから、そうもいかない。厄介な理由はそこにある。


 部屋を立ち去ろうとする最中、ハーディンは堂々と、それであって祈るように「ヒルトを頼みます」と言った。

 白い法衣には見合わない「ああ」という短い返しだけが放たれ、父親の顔に人間らしい安堵の表情が現れた。


 会場に戻ると、主賓を差し置いたままの盛り上がりが目に入る。

 そして、余り物席には二人の子供が座っていた──もちろん、彼女らが談笑に耽り、気遣いの後にそうなったというわけでもない。


 もはや周囲の見えていない婦人を尻目に、善大王は二人の少女──隣とはいえ、二人分は間がとられている──の中央に収まり、大工の親方を彷彿とさせる豪快さで肩を組んだ。


「よぉ、フィア。一人で寂しくなかったか? いや、こんなところに友達がいたんだから、そんなわけはないよな」

「……なんで置いていったの」

「放して……」


 片や静かな怒り、片や正真正銘の拒絶。どちらにしても、彼に向けられている感情はいいものではなかった。

 それでも、子供が向けるものだからなのか、顔にシワが寄ることはない。


「拗ねるなよーああいう場面は楽しいもんだぞー」と、婦人を顎で指しながら言う。

「ライトがいないと楽しくない……それに、私は遊びに来たわけじゃない!」

「ふむ……残念だな──よし、ヒルトちゃん、この善大王様が遊んであげようじゃないか!」


 あっという間に切り替え、今度はヒルトに目をつけた。

 緑青の目は──口許は、明確な恐怖を称えている。


「面倒な奴と思うかもしれないけど、俺は君の味方さ。前任者みたいな、お姉さんお姉さんした役目じゃないけどな──よぉし、では俺はお兄さんの役目だ。さぁ、甘えろ、頼ってくれたまえ!」

「アカリを……知ってるの?」


 臆病さは消えていないが、それでもアカリというよく知った者──前任者のお姉さん、というと彼女以外にいない──が出されたからか、僅かばかりの好奇心が恐怖に別の色を付けた。


「いんや、あいつとは……あいつとは──赤の他人だな。面識はあるが、詳しくは知らない」

「そう……」

「でも、聞くところによると光の国にいたらしい。昔はな。俺の友達が兄貴のように世話を見てたんだと」


 友達、という柔らかく、当たり障りない表現を用いているが、それは事実だ。

 しかし、アカリの兄貴分の友達、となると関係性はかなり遠い。昔のことともなれば、なおのこと。


「ま、時間は少なからずあるんだ。その時にでも、教えられることは教えるとするよ……もちろん、俺のことを聞いても構わない、むしろそっちの方が好ましい!」

「えと……」

「はは、冗談だよ。まぁ、パパはすぐに帰ると言っているし、心配することもないさ」


 ヒルトは彼の言葉通り、安心していた。理由は、自身でも理解できていないだろう。

 彼が発する根拠のない自信と、軽口と、アカリに繋がる存在、これらが無意識化で影響を及ぼしたのだろう。


「(私、置いていかれたのに、なんか扱いひどくない?)」


 と、傍から見るに留めていたフィアは、内心で不貞腐れていた。

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