12
城地下町の入り口に向かうと、ラグーン王が待機していた。
ここからは国家としての軍事機密に触れるのか、ハーディンすらも呼ばれていない。
ただ、落ち合う予定とはまさしくここであり、黙ったまま黒髪スーツの男の隣にはフィアが立っていた。
異文化のスーツに露出の多い巫女衣装──踊り子のそれに近い──がいるというのは、ミスマッチ具合が普段以上に縁取られている。
軽く手を振り上げ、合図を送った途端、人形から生体部位が萌出したように、生命感が満ちあふれだした。
腕に抱きつく少女を侍らせ、王の案内に続き、階段を下っていく。
そんな最中にも会話が行われることはなく、石と硬皮が交わり離れと繰り返し、腰を打ち付ける床の音であるかのように広がった。
底に到達し、かつてのように扉を開け放つと、前回とは装いの変わった内部に驚きを抱く。善大王だけではなく、フィアも。
地下は地上の比ではないほど栄えている。店の主達は活気に満ち、超常能力者とただの人間が楽しみを分かち合っていたのだ。
それだけならば理想的な箱庭世界なのだが、そこいる者の大半は子供──成人以下である為、十六歳などの若者もいる──だった。
「子供を避難させたのか」
「ええ、首都に住まう子供の全員を収容しております」
「……大人は」
「本人達の希望ですよ。急に地上から人が消えれば、地下に目が向くかもしれない。そしてなにより、収容人数は限界値に達しているから、という理由ですね」
より多くの子供を助ける為、誰もが譲り合って地上を選んだのだ。
この地下にいる大人は、そうした子供を管理する者──料理人、店主などが主だ──となっている。
若い世代のみが来た──これはある意味、好機だった。
彼らは能力者に嫌悪感が少なく、こうして互いの存在を受容しあえている。大人の、経験や偏見に基づいたフィルターの介さない、純粋な個々の人間として。
「かつて、能力者の話をしましたね」
「ああ」
「現在、そうした能力は不明とされていましたが、今回に限っては出し渋ってもいられません」
「手を抜いて調べてたってことなの?」フィアは真面目に言う。
「いや、これは計り知れない能力であっても、戦術投入することを決めたってことだよ」
こればかりはフィアも初耳らしく、またもや驚いた。
術のエキスパートではあるが、彼女は能力者ではない。だからこそ、こちらの面は完全な門外漢なのだ。
「警備隊を軍として扱った、警備軍……その構成員の一割は、大人の超常能力者です」
それを聞かされた後、善大王らは自由に歩き回ることを希望し、それは受領される。
町ゆく子供達をみながら、彼は思い悩んだような様子で、かき消されてしまうような声で呟いた。
「能力者との和解──そして実践投入。良好なだけではなく、この雷の国は大きく変化している」
「うん……私も、これは予想外だったかも。昔から、ラグーンの王族は血気盛んな人がいなかった──らしいから」
「この急激な変化も、《武潜の宝具》の影響か……それとも、能力者の」
暗い雰囲気が漂い始めたのに気付いたのか、彼は場を和ませるように笑みを浮かべる。
「それにしても、こんなに子供がいっぱいなら、もう選び放題だな!」
「やめてよ、それ」
「……まぁ、うん、冗談だ」
口では言いながらも、彼のそれは嘘には聞こえなかった。
ただ、完全完璧な管理が存在するはずもなく、歪みは生まれている。
役割を持っているとは言え、地下に親が来ている者や子供の能力者はこうした標的になりやすいのだ。
悪行の全てが成人直前の者達ではないにしろ、比率は圧倒的に高い。そして、そうでない時も、子供を焚きつけて徒党を組ませるのもこうした者達だった。
何度も述べることになるが、これは統計の問題。中子供が年上を引き連れていることも、排他的行動を止めようとする自治的な若者もいた。
だが、本質的にこの閉鎖社会は頂点を取り除いてしまったのだ。押さえつける理性が消えた場合、人がどうなっていくかは想像するに難くない。
この問題にも、善大王は踏み込まなかった。
独自的な自治機能、清濁を含めたそれを強制的に改竄することは、得てして人間らしさを損なわせる。
戦争の裏にある人々の不安、恐怖──親が傍にいる者への羨望、嫉妬。能力を持つ者への拒絶間、排他的機能。
そうした問題があることを理解すれば、自ずと他国の王が介入することができない、という結論に辿りつく。




