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善大王、ラグーン王、フィア、この三人は彼の言葉を待ち続けていたのだ。
両国の橋渡しの役を負い、その内情を今まで隠し続けてきた男──雷の国、屈指の富豪が告げる真実を。
「この場で告げるのはいささか早計ですが、事態を鑑みて仕方がないと、そしてこの予期せぬ状況が有益に繋がるとみて──発言させていただきます」
予期せぬ事態とは、まさしく船長の存在だろう。
光の国と雷の国が内々に通じている、ということが他国に知られれば、大なり小なりよくない影響が出る。
それを理解した上で、と前置きをしている。彼は期待しているのだろう、この情報を公開することで、五大国家が手を取り合える展開を。
「改めて自己紹介を──私はアルバハラの領主……ハーディン。光と雷の両国と接触し、動いていた者です」
これは再確認の意味と、船長に状況説明をする意図を含んでいた。
「光の国から受けた条件は、上陸手段と許可の提供。雷の国から任されたのは、自国民──その他、他国民の輸送要求を行うこと……両国の希望は合致しているかと」
人の考えというものは言葉を用いない限り、完全に通じることはない。だからこそ、ここでの発言は大きな意味を持っていた。
「ま、満足だな」
「ですね」
「水の国は……水の国はどうなるんだ!」
この場において、唯一の部外者だけはあり、反感は強かった。
光と雷だけが結託をしているなど、都合がいいにもほどがある。彼が問題にしているのは国ではなく、善大王という存在の方に向けられていそうだが。
「向こうは王様がその気でもないだろうしな。こっちですら、内通者を通して、その上目的が一致してどうにか……だ。今後どうなるかも分からない関係でしかない」
これを協力中の──それも王の前で言うのだから、善大王がすっきりした性格なのだと分かることだろう。
少なくとも、この水の国に所属する者は初めて知ることとなった。
「じゃあ……」
迷い、すぐに言い返せなくなった者から視線を外すと、口許に笑みを含ませながら追撃の一手を放つ。
「ただな、富ご……えーっとだな……」
「ハーディンです」
「そう、ハーディン。お前には言っていなかったが、俺の目的はこの大陸での活動にある。この身ひとつでどの程度できるかは分からないが、各地の処理に回る」
向けられていないにも関わらず、ただの一言で絶望、不満などを打ち消し、希望を撒いた。
したり顔の善大王に抱きつくと、フィアはライカ以外の全員に自慢でもするかのように、二本指を顔の前にかざす。
「ひとつじゃなくて、私もいるよっ!」
善大王と天の巫女、世界で知られる最強二人組のそれは冗談には見えず、凄まじい心強さを発揮していた。
あまりに常識の外れた組み合せ、軽口で告げることの大きさ、それとも戦争の最中にもこんな惚気をしていることに大してか──ハーディンは快活に笑い出す。
「ハハッ! さすがは善大王様! それでこそ出資のし甲斐があったというものです」
「善大王様、それは本気で……?」
恐れ多いと言いたげに、それであって本気で言っているのか、という懐疑的な部分を含ませた声だった。
しかし、皇たるものがそれで気にすることもなく、金糸と空色リボンの飾りを肩にかけたまま会話を続行する。
「とりあえず、少しの間はこっちに残る。情報収集を進めたいところだしな」
「さっさと出ていけばいいじゃん……ここにあんたの出番なんてねーんだよ」
不貞腐れているライカはひどい口調でそう言う。フィアも、ラグーン王も、これには怒り出しそうな勢いだ。
ただ、肝心の善大王はやはり表情を変えず──むしろ、彼個人としての顔に戻しながら、前のめりに彼女の顔を覗きこむ。
「態度悪くなったなー。まったく、それじゃモテないぞー」
「っるさい! さっさと消えろよクソ幼児性愛者! 少女暴行中毒者!」
かつての一件以降、こうして罵倒してやりたいと思っていたのか、妙にバリエーションに富んだ事実を指摘して見せた。




