7E
雷吼が轟き、紫電の柱を背に現れたのは、ただ一人の少女。
しかし、それをみて平気でいられるはずがない。その雷が自然のものではなく、ただ一人の少女が呼び出したのだから。
なにより、この場で恐れているのは先遣部隊けではなく、自軍すら彼らと同じ表情を示している。
それだけで、雷の国すら意図せぬ──御することのできない存在なのではないか、とバロックは推測していた。
そんな三者三様の驚き、異口同音の反応を受け、退屈そうにライカは《魔導式》を再度展開し始める。
フランクらは各個散っていき、自軍の巫女が自由に戦えるように──そうしなくても、同じことだが──気を使った。
だが、闇の国は相手の顔さえ理解できずにいる。
天は降った雷撃に心を躍らせ、それに同調するように雷雲を、稲光を宿し始めた。
首元で舞うマフラーが動きを止めた瞬間、彼女に伴うように広がっていた光芒は停止し、鳴動するように輝きを放つ。
「《雷ノ百九十二番・雷吼磔》」
敵陣の中央に塔を思わせる雷撃の柱が発生した。水に落ち、広がっていく一滴のインクとは違う──伸び、広がっていく樹木の枝葉を想起させる。
それ自体が実体を持った雷撃の細槍が、唖然として驚愕の感情に捕らわれた表情のまま、刺し貫かれて空中に停滞した。
その光景はモズの早贄だ。顔は強ばり、電気信号だけで体を痙攣させ、苦痛と死の行程を追っていく。まだ、彼らは生きていた。
呼吸にように漏れる呻き、電流の迸る音を彩っていく。
圧縮された時間の中で、消えずに苦痛を与え続ける逆さ落雷の樹は想像を絶する存在感を放っていた。
それでも、メンツで逃げ出せずにいる者が多かった。逃げていく者を咎めるという形態は崩されていない。
しかし、次第に気付き始めた。
拷問処刑を受けたのが、自軍だけではないのだと。
色合いだけで、それは判断できる。鏡面のヘルメットを纏った者が何人か藍色に混じり、雷光によって輝きをましている。
認識による驚きの声が聞こえはじめ、ライカもそれを自覚した。自覚したが、彼女にはなにも変化がない。
どうでもいいのだ。
ラグーン王からは、相手に恐怖を刻みつけて撤退を促せ、というものが出されていただけにすぎい。
その過程で味方を巻き込むなとも、巻き込んでこいとも言われていなかった。破壊の範囲に、ただそれが板だけにすぎないのだから、言われていても同じことだっただろう。
指揮官──バロック─が指示を出し、散開させていく様を確認した時点で役割は終わる。
術は終了し、体内を滅茶苦茶にされた死体が降り注ぎ、苦痛から、生から解放された。
少女が踵を返そうとした時、大量の人間が迫ってくるのを察知する。
パステルカラーの単体が混ざり合い、黒や灰を思わせる雲となっている。彼女以外は、それを知覚できていないのは自明のことだ。
その認識──パステルカラー──は、属性の要素が薄いことを示している。雷の国に属するほとんどが混ぜモノなのだから、当然のものだ。
色が混ざって暗色になっているのは、それぞれが違う属性であることを示している。闇の国であれば、大小の差があったとしても、藍色という色の範疇に収まるのだ。
この判断はミネアのような魔力探知を得意とする者ならば、そう難しくないことだが、ライカの場合は直感的に──感覚的にそれを認知しているのだ。
傍に寄ってきた鏡面兵を見つめた途端、感じた覚えのない臭い──石油の揮発臭、硝煙や腐肉の混じったもの──を感じた。
撥水性の装備だけに、服装からはそれらの悪臭はほとんどない。そもそも、彼女もこれについては臭さではなく、異臭という認識を持っていた。
嗅覚の認識ではないにしろ、ライカはこのように明らかに普通ではない感触を覚えたことがある。
シアンに仕えている、《水の月》のトリニティアがそれだった。
「どーせフランクでしょ? すぐに援軍からくるから、もう大丈夫だし」
「お送りします、本国まで」
「あんたにも仕事があんだし、アタシの護衛なんて暇なことする必要はないし」
逡巡を見せたが、主の命となると従わざるを得ない。それ以前に、逃亡する大半の兵とは対照的に、残ろうとしている者達は未だに抗戦体制だ──殿なのだろう。
「じゃ、ま、あとは任せるしー」
戦場から何の気もなく立ち去っていき、ライカは待たせてある馬車を目指した。




