6E
押し寄せてくる敵の人数は数百から千の間。少なくとも、警備軍の規模を圧倒的に上回っていたことだけは事実だ。
フランクはその中の一人に目をつけ、通信回線を開く。
「斧使いか、司令官は」
「さ? ゴツイ奴なら、さっき出て行ったけど」
恵まれた体躯、手に握られた分厚いハンドアクス、それらの条件から彼がこの場の代表者であると判断する。
もちろん、一発で的中させたわけではなく、数人の当たりをつけてはいた。その上で最初に正解を選んだのは幸運としか言えない。
「どうしてこちらの存在を知ることができた。言え」
それを発言したのは、斧使いではなかった。
数人で顔を見合わせた後、合図を送りあって決を取る。返答に応じること、それを発言する人物の選択などを。
「こちらに答える義理はない」
距離が離れているが、両軍によい耳を持つ者がいるからか、意志の疎通は成立していた。
「しかたない、ならば聞かせてもらおうではないか」
途端、敵軍の勢いは増し、八割程しか出していなかったとばかりに急加速する。
自軍に驚き、士気の低下などが見られるが、フランクは顔色一つ変えなかった。誰も彼の顔色を──誰も彼の素顔を知らなかったが、声からでもそれは判断できる。
『こちらが優勢だ……幻術の反応はない』
鏡面越しであろうとも、幻術に掛けることは可能。それでも、相手が行ってこないということは、事前の準備がうまくいったことを指していた。
警備軍内では具体的な指揮官が存在しないこともあり──これは今に限ったことだが──情報を全員が共有することとなっている。
だからこそか、幻術攻撃を受けた者が複数いたことも確認されており、効果が現れなかったこともまた、周知されているという具合だ。
実際は重い幻術、もしくは優れた術者の使うものであれば、フェイスミラーを突破して精神干渉を行うことは可能。
相手はそれを取り違え、利かないという前提で策を組んでいる。これこそが敵陣突入の最大の狙い──相手に猜疑心を与え、奇襲による戦力の減退、そして何より内通者の保護。
有効射程に入るや否や、全員が長身の銃を構え、発砲を開始した。
拳銃の射程よりも遙かに遠く、そして威力も高い。手札が拳銃だけと思っているとすれば、これは想定外としか思えない要因だ。
先陣を切る者達が次々と打ち抜かれていき、脳を炸裂させる者や腕や足を吹っ飛ばされる者もいる。
そんな凄惨な状況でも、平和や穏和という印象が付きまとうラグーンの人間が平然と攻撃を続行してくるのだ。
これを恐怖と呼ばず、なんと呼ぶものか。
ただ、そんな死の軍団も万全ではなかった。この度の斥候に用意された弾は各人に五十発ほど。長身の銃ともなれば、五か六発程度だ。
戦闘を長期化して不利になるのは、間違いなく彼らだった。
次々と拳銃に切り替えていく中、部隊の敗北を直感したフランクは脳裏に一つの選択肢を表示させる。
内部に潜んでいるアカリに、救援要請を出すか否か。彼女の力量については彼の主も知るところであり、叱責を受けるような滅茶苦茶なものではない。
それでも──鏡面の兵士はそれを選ばなかった。
持ち合わせていた弾──もちろん、互換性のあるもの──を両隣の仲間に託し、彼は地に置いていたロングソードと小型のカイトシールドを拾いあげる。
この地点が突入前の待機場だったのは、偶然ではなかった。この状況も、起こりえると考慮されていた事態だったのだ。
後ろ歩きをしながらでは、全力疾走の相手を引き離し続けることは不可能だった。
先駆けとして槍持ち達が得物を構え、第一陣目の攻撃を開始する。
何名かは咄嗟にただの長筒になった銃を盾に、もしくは打突用武器として使い、これを退けた。しかし、それは誰しもできることではない。
体を貫かれ、灰色のアンダースーツからは人間味を帯びた鮮血が吹き出し始めた。
防御性能を上げ、軽量ながらも片手剣の一閃、片手槌の一撃に耐えるはずの銀色の軽鎧ですらその結果だ。
だが、それも当然のこと。相手とて己の技を磨き、それを殺しの手段に用いることができる程の者達なのだから。
失神する者はおらず、一矢報いようとゼロ距離で発砲するが、続く数名によって真の死へと誘われた。
フランクもそんな敵兵と抗戦し、次々と撃破していたのだ。それでも、敵兵は目的を果たすとばかりに進路を変えようとしない。
この場の司令官は優秀だった。場を荒らされ、焦って策を変えようとする指揮官に、ろくな者はいない。
死者が二十名にのぼろうとした時、世界は変化した。
仄暗い世界に、雲や闇さえ打ち払う光が満ちたのだ。




