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──雷の国、ニカドでの早朝……。
寝息を立てているヒルトの顔を覗き込みながら、アカリは目の開け閉めを繰り返していた。
しばらくしていると、唸るような音が聞こえはじめ、それは次第に勢いを、大きさを増していく。
振動が近づき、もはやこの場に到達するまでに時間を要さないという時になっても、少女は目覚めることはなかった。
開け放たれた木製の扉は木のささくれや木屑を落とし、心臓に響く音を部屋中に撒き散らす。
ようやく目覚めたヒルトは驚き、慌てふためいているが、彼女の護衛はというと──眠ったままだ。
「ねぇ、アカリ!」
「怪しい者を見なかったか?」
揺り起こそうとしている金髪の少女に、人相の悪い、藍色装束を纏った男は問いかけている。
「アカリ、起きて!」
「はやく答えろ!」
今にも迫ってきそうな雰囲気を出しながらも、男は動かなかった。
「(昨日の作戦は続行中……ね。あたしらを嘘情報の餌にしたいってのは、あの場限りのことでもないってことだねぇ)」
あくびをかき、伸びをしながら自分の長い髪を触り始める。
「なんだい? 乙女の部屋に飛び込んでくるなんて、狼をするにしちゃ、ちょっと早くは──遅くはないかい?」
「ちょうどいい。怪しい奴を見なかったか? 侵入者か、それともこの屋敷を出た人間か……どちらでもいい、情報を出せ」
「馬鹿なこと言っちゃいけないねぇ……あたしらは二階。ま、カーテンは閉めちゃないけど、外を見ている余裕なんてないよ」
大きな態度だが、逆にそれが有効だった。
この場で下手な態度に出るということは、僅かにでも後の疑いを生むことになる──闇の国の人間だと分かり、気取られないようにそうしていたのだと。
「こちらの要求に答えろ。さもなければ、殺す」
「……さぁ、どうだかね」
怯えるヒルトの頭をくしゃくしゃにし、脱力した駄目人間のように彼女に向かって倒れ込んだ。
「あたしゃ知らんよ。じゃ、お客さんの対応は任せたよ」
一瞬で眠りに落ちたアカリに驚き、すぐに目を覚まさせようと揺すりを再開する。
そんな様子を見ていたからか、この場に情報はないと察し、諦めたように部屋を出ていった。
まさか、それが狙いだったのでは、と赤髪の仕事人の方を見ると──普通にいびきをかいて眠り始めていた。
昼に差し掛かるころには外の騒ぎが活性化し、宿屋の内部は静かになっていた。
「……ま、予想通りかね」
「えっ?」
いきなり目覚めた──今度はすっと起き、意識も冴えているようだ──同床の護衛に奇異の目を向け、改めるように聞き直した。
「狙い通りって?」
「まさにその通り。あいつらが朝に来るのは予定通りだったのさ」
アカリはそう言うと窓を開け、忘れ物とばかりにポーチを掛け、髪を二束に結える。
「なにをしたの?」
「なにをするの? だねぇ……答えは楽しい町中散歩さ」
寝間着のままの少女を見据え、抱擁動作に間髪いれず、新鮮な空気の満ちる場所へと出た。
屋根に靴が衝突する音が鳴り、いくつかの瓦が叩き割られるが、それでも気を留めることない。すぐに次の足場を探し、そこを離れるだけ。
次々と普段は聞かない音が町に広がっていくが、それを見ている者は誰もいない。
「あれ? あの人達は……?」
「ああ、あいつらなら今頃大忙しだろうね」
困惑したままの護衛対象を笑い、アカリは地に足をつけた。




