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俺が善大王と判明して以降、修行内容は大きく変わった。
ミネアの上級術を、攻撃で撃ち消すという根っこは変わらないが、具体的な対魔物戦の情報を多く吸収した。
単純火力で押せば撃破できない相手ではない、そして自分の安全を確保しながら上級術を使っていく、それが対魔物戦。それも、単騎戦という特異型の基本らしい。
言われてみれば、ティアもそんな風な戦い方をしていた。
序盤に修行していた守りの戦い方自体も、この後者に当てはまっており、完全に無駄だったというわけでもなかったらしい。
かくして、俺は魔物を倒す為の修行を二週間程行い、個人的に変化を実感し始めていた。
「最後の試練じゃ。ワシとミネアの攻撃を掻い潜り、一発でも当ててみるんじゃ」
「だいぶ無理なことを言ってくれるな――不可能ではないが」
初見ならば無理だったかもしれない。しかし、俺は二人の戦闘スタイルをほとんど覚えている。
戦闘開始の合図に合わせ、俺は距離を取っていく。すると、ヴェルギンが俺を追ってきた。
ミネアは完全術者型なので射程外から戦うが、ヴェルギンは近接でも相当に強い。
俺は右手に導力を収束させ、近接対応を取る。もちろん、これは魔物戦のセオリーから外れている、文字通り俺のオリジナルだ。
術者は得てして導力の操作を得意としている。術者でなくとも導力操作が得意な人間がいるので何とも言えないが、少なくとも俺はかなり使いこなせている自信がある。
手に纏わせた導力を圧縮し、光線として放つ。威力は下級術にすら劣り、完全な意味での小手先の技としてしか使えない。
ヴェルギン、ミネアの両名は既に《魔導式》の展開をしている。俺もそれは同様だが、速度上、彼等に勝てるはずがない。
ヴェルギンは光線を回避する。それによって僅かだが展開速度が遅れるが、やはり誤差程度。
「《火ノ九十九番・火山》」
赤色の《魔導式》が大気に溶け、上空から無数の火山岩が降り注ぐ。本来ならヴェルギンの動きを制限させかねない術だが、ミネア程の使い手が誤るはずがない。
俺は術の特性を読んでいる上、幼女の心理を見通す力で全弾を用意に避けていく。
ヴェルギンは走りながら火山岩を全て回避していき、俺へと迫ってくる。こうなると、接近戦で対応するしかないか。
殴りかかってきたヴェルギンの攻撃を寸前で躱し、導力を纏わせた腕で攻撃を防御する。
「あんたの攻撃、重すぎるぜ」
「魔物なら一撃死じゃがな」
攻撃を受けて吹き飛ばされるが、それすらも俺の計算通り。
吹っ飛ばされながらもヴェルギンから視線を外さず、俺は《魔導式》を完成させた。
「《光の百十二番・流星群》」
空から無数の光球が降り注ぎ、ヴェルギンも回避行動に移りだした。
彼がミネアの術を無視できたのは、経験だけではなく連携があったという部分が大きい。だからこそ、俺の広範囲系は安易に払えないはず。
「《雷ノ百十一番・稲妻杭》」
おいおい、こんな状況でそんな物使うかよ。
ヴェルギンの体に莫大な量の紫電が纏わりついていく。
あの術は充電時間を終えた後、事実上防御不可能の一撃を放つというものだ。しかし、充電時間がある時点で前衛職が使うものではない。
俺は光ノ二十番・光弾で妨害しようとしたが、咄嗟にそれを止める。対人戦としてはそれが最適解だが、俺は魔物戦を前提に戦っている。
リスク承知で下級術以上の《魔導式》へと移行していき、俺はヴェルギンから距離を離し、ミネアへと近づいていく。
しかし、ヴェルギンも前衛としてそれを許さない。充電時間中だというのに、俺の妨害に入ってきた。
「さぁ、どうするんじゃ」
「どうだろうな、俺に打つ手はないと思うが」
ヴェルギンの充電が終わったことは目視できた。
「ならば、受けてみるんじゃな。死ぬか生きるかはお主次第じゃ」
体に蓄積された紫電が巨大な杭の姿に変わり、俺に向って放たれる。
「《光ノ八十三番・主光》」
「なっ」
攻撃術で応戦するのが無難と思われるこの場面、俺は回復用の術を選択した。
稲妻の杭が俺の体を貫くが、それを上回る速度で肉体が修復されていく。痛みについても、少しだけ軽減されていた。
この術は自身を一時的に無敵化するという効果を持つ。当然、二百番台になれば回復が間に合わないが、百番台ならばどうにか追いつく。
術が俺の体を貫き続けているが、俺は気にせずに前進し、呆気に取られているヴェルギンの顔面に導力を込めた拳を放つ。
そのダメージで術は中断し、とりあえずは痛みもなくなる。ただ、それと同時に俺の術も時間切れを起こした。……あと一歩遅れていたらヤバかったな。
「《火ノ百二十番・焔爆砲》」
背後から迫る巨大な炎の砲弾を知覚したのか、ヴェルギンは素早く軌道から逃れる。
しかし、残念ながら幼女の戦術ならば全てを見通せる。俺がヴェルギンの戦いに集中できていたのも、そのおかげだ。
俺はヴェルギンとほぼ同時、いやそれ以上に早いタイミングで回避行動を行っていた。
攻撃範囲が広かろうともヴェルギンが逃げ切れる場所に撃っている時点で、俺には届かない。
全員が《魔導式》を刻みだしているが、今回は俺が勝っている。一手分の速度で勝てれば、それだけで終わりだ。
「《光の百十二番・流星群》」
天から降り注ぐ光球の雨に対応しきれず、ミネアにはヒット。しかし、ヴェルギンはそれらを目視で捉え、一発一発回避していく。
しかし、数の勝利か、ヴェルギンの真上に数発の光球が落ちた。
咄嗟に手甲を付けた手を構え掛けたヴェルギンだが、途中で手を下ろし、攻撃の直撃を受け入れた。