2v
力ずくで突入することは可能だった。しかし、その場合は偵察という任務の範囲を越えてしまう。
彼女の不満はそこにしかなかった。
盗賊ギルドとの関わりはあったにしろ、彼女からすれば主からの命令に従うこと──信用される為、火の国の要求に応じることでもある──が最優先なのだ。
条件を合致させる為だけに自分の身を差し出す辺り、彼女のこだわりの強さは相当のものらしい。よいものとは言えないが、我を持たないことがもっとも強い我だったのだ。
ただ、肉欲を用いた方法はとても有効であり、要求をしなかった口外禁止まで取り付けられた。
受付が気の利く者でなければ、情報や痕跡をまき散らしながら偵察を行うことになっていただろう。
気の利く、とは言ったが、彼がスケープの正体や真の目的に気付いたわけではない。単純に、盗賊と関わった事実はマイナスになりやすく、知られれば今後に響くという面もあるのだ。
それを狙い、依頼を行った者の弱みを突きつけて集り続ける、これもまた近代の盗賊の在り方だった。
世間にも、組織内にも漏らさない。これを独断で決定してしまうのは安易だが、それだけ彼は満足した、ということなのだろう。
記録などを閲覧していき、続いてアジト内部の人員を把握、特徴の記憶に取りかかる。
忘れないうちにとメモを書き進め、疲れる度に効力の薄いドラッグで気持ちをリフレッシュしていた。
それは光の国から流されたものであり、火の国では粉状、乾燥、樹脂、結晶などの形式を取られていたのだが、こちらは固飴形となっている。
国家間での差、という認識が行われているのだが、その裏で一人の暗部が関与していたことを知る者は誰もいない。
薬物、というと悪い印象が付きまとうが、これはとても効力が浅いものとなっている。それこそ、コーヒー五杯分の覚醒効果といったところだろうか。
それ以前にスケープは代謝能力が強く、その割にアルコールを苦手としているのだから、この飴はとても都合のいいものに違いない。
偵察を終え、帰ろうとした最中、彼女は背後から近づく存在に気付かず──攻撃を受けた。
後頭部に鈍器を叩き付けられ、顔面から倒れたスケープは何が起きたのかを把握しようとしてか、回らない頭で状況の判断に努めようとした。
「お前はいつかの……ハッ、またボスに取り入ろうってハナか?」
そこにいたのは、苔色の髪をした男だった。
その時点では記憶にすら残っていない男の声に怯えてか、それとも任務が達成できないことへの恐れか、彼女の顔には明確な負の感情が表出している。
この場に神器は存在しない。それはつまり、自分自身で乗り切ることも、スタンレーの助けも呼べないことを指し示していた。
ただし、それは眼中外のこと。第三者が抱く答えでしかない。
彼女に見えているのは、術と体術をある程度習得しただけの自分が、どのようにして怪しまれずにこの場を乗り切れるか。
「あっ、久しぶりですね」
「……久しぶり? ああ、そうか?」
奇妙な反応だが、彼はそれで納得しているかのような顔を見せた。
「じゃあ、ワタシは帰りますね」
「おい、待て。なんの用できたんだ?」
「分かりません。なんででしょう?」
「……ああ、もういい。出ていけ」
アジトから出ていったスケープは安心したように、砂漠の砂に臀部を乗せた。街中の喧騒は決して遠くはないが、それでも危険な場所から逃れることには成功したのだ。
あの状況、あの刹那、彼女は明らかにスケープではない人間だった。
立ち上がった瞬間、スケープは自身の中に妙な空白が存在することに気付いたが、それを思い出すことは決して不可能ではなかった。
それでも、さほど問題ではないと軽んじ、次の拠点へ向かうべく歩を進める。




