猫を噛む雷
──雷の国、とある町にて……。
「ほら、さっさと行くよ」
コクッと頷き、ヒルトはアカリに手を引かれ、町の中を歩き進んでいた。
急遽任された──自分から提案したのだが──偵察の仕事は当初の目的だけでいえば、既に達成されている。
しかし、ラグーン王が明言していた最後までという点を甘く見ていた為か、こうして侵攻軍の拠点となった場所を回ることになったのだ。
その裏でアカリが私的に依頼を受けていることは、アルバハラの屋敷に住む人間以外は知らない。
「ここは割と血が回っているみたいだねぇ……」
「きてないってこと?」
「そりゃ分からんね。ただ、こっちに気付いているとすれば、とてもヘタクソさ」
相手の徹底具合からすれば、このように感じることはまずあり得ない。つまるところ、気付いていないという前提が正解だ。
仕事人という二つ名とは対照的に、彼女はこうして仕事を行う際、容赦なく本題から逸れた行動を取る。
大規模な町だけはあり、首都のように異世界の影響が現れており、棒付きのキャンディーも一般に販売されていた。
「(考えることはどこでも同じ、かね)」
かつてアカリが使っていた飴は暗部で開発されたものであり、彼女用の一点モノといっても過言ではなかった。
ただ、こうして彼女の前に飾り付けられている挿し木のような飴の数々は、合理性と利便性に富んだそれとは違う形状をしている。
飴細工とされる、粘土細工のような造形作業をキャンディーで行っているのだ。
言うまでもなく、携帯性は悪く、口に直接突っ込んだままにするのも困難な形状。
もちろん、それ以外のシンプルな球体、円板状のものもあるが、それらは気泡の混じりやバリが少なくなっている。
進化の根が完全に別物──もしくは中間体が抜け落ちたような──であると判断しつつ、アカリは飾り気のない棒付き飴をいくつか調達し、本革製の黒いポーチに突っ込んだ。
「パツキン、どれかほしいのはあるかい?」
「その、鳥の……」
着色されたアヒルの飴を指さし、ヒルトは媚びるような視線を送る。
「落としたら承知しないよ」
代金を支払い、アヒル飴と白鳥の飴を購入し、指定されたものを護衛対象に突き出した。
声や反応は薄いが、顔だけは普通の子供と同じように、満面の笑みを浮かべている。
しまい込もうとするヒルトをみた途端、アカリは彼女の方を肘で打ち、親猫が技を盗ませるのと同じようにキャンディーを口にくわえた。
口内にチクチクとした感触が襲い、今にも取り出そうかと逡巡する中、肝心の少女は手に持ったまま舌で舐める方法で妥協する。
それからはいくつかの店を回り、主に菓子類を次の補給地への繋ぎをしつつ、ほとんど全てを網羅した。
移動だけで銀貨が二枚は飛び、度重なる糖分の摂取も相成り、げんなりし始めるアカリは噴水の石段に座り込む。
「(後で請求できるだろうけど、他人に金を使うのはつらいものだねぇ……)」
精神的に疲弊する仕事人とは対照的に、ヒルトの方は未だ見ぬ知らぬものに楽しみ、疲れ知らずといった様子でアカリに寄り添う。
「アカリが買ってくれるなんて珍しい」
「ここでは、ね」
ここまでにいくつかの場所──具体的には四つほどか──を回ってきたが、その全てで彼女は財布の紐を硬く閉めていた。
甘煮豆を詰めたパンと牛乳をその場その場で揃え、手渡していたくらいのもの。
硬い干し肉の食事を毎日強制されているのだから、それらの定期支給品がマトモと思えたに違いない。
そこにきて、お菓子を満腹になるまで食べられたのだから、こんな風に感じるのも当然だ。
しかし、それはただの気まぐれでもなければ、気遣いでもない。
入って早々、直感で察知し、店で確信に至る事実があったからこその行動。
今までの拠点では末端が残されていた程度だが、この都市──ニカドには部隊の幹部が潜伏していると。
だからこそ、彼女は自分達をただの旅人だと──それも、一般の姉妹だと思わせる為、あのような演技を打った。
隣のヒルトをみる限り、その作戦は成功したといっても過言ではない。
「危なくない……?」
「平気、あんたがヘマしなきゃ」




