15F
──雷の国北部、レイルの町にて……。
「また出たらしいぞ」髭の男は言う。
「またってなん──ああ、《二尾の雷獣》を言ってんのか」
ディード率いる先遣部隊は少し前、このレイルの町を落とした。
隊を分けながらも無事に侵略を進めているのだが、それでも隊員の中では妙な噂が立っていたのだ。
「さっさと水の国に入りたいものだ」
「ってもよぉ、水の国は軍事力を高めてるっう話だぞ? あんな嘘か本当か分からないのよりも、俺はよっぽど怖いよ」
「いや、あれは本当だろう」
「っても……なぁ、人型の《星霊》なんてみたことないぞ」
二人とも眉を寄せていたが、彼ら以上に不機嫌そうな顔をした男が現れた。気付かれることもなく。
「雑談か?」
「まぁ暇だからな、噂の《二尾の雷獣》っう──た、隊長……」
ディードの登場に驚き、二人はかしこまったように姿勢を正し、敬礼をしてみせた。
「状況は……聞くまでないな」
「異常なしです」髭は言葉を改めた。
「はい! 平和って感じです」
もう片方は相当軽い人物らしく、髭に睨まれていた。隊長はというと、別段怒る様子もない。
「平和ではないが……変化がないのならば問題もない」
見回りの最中だったらしく、ディードはその場を立ち去ろうとするが、すぐに足を止めた。
「《二尾の雷獣》は実在する。バロックの部隊から一応の報告が来ている」
「というと……」
「問題はない。偵察に送った町民が確認してきただけだ」
精神操作に特化した闇の国だけに、そうした偵察者の制御もお手のものだった。途中で逃亡させず、情報の漏出もしっかり抑え込んでいる。
「でも、本当にいるんですかね? 雷の巫女以外もいるってなると、もう手の出しようがないですよ」
「……紫電を背に、落雷を降らせながら現れる──二本の尾を持つ人型生物」
彼は言い、茶化すような声をせずに続けた。「《神獣》が人の形を取っている、と考えればあり得る……介入するとは予測していなかったが」
強力な雷属性使い、子供のような体格、この情報ならばライカを想起するのが自然だ。ただ、この存在は二本の尾──ツインテールのような髪型であると推定されているのだ。
戦前の姿が明らかとなっているだけに、この短期間で髪が伸びるはずがない、と別個体扱いをされている。
「《神獣》っていうと、伝説のあれですよね? なら……味方まで襲うのはおかしくないっすかね?」
「だから雷獣って言われているんだろ! あのような危険な存在を使役しているとは思えん」
歴戦の戦士にも見える髭に叱咤を受けるが、ディードはこの情報については疑問が多く存在するようだ。
「どちらにしろ、対峙することはないだろう。報告に聞く限り、奴は魔物の襲来に備えているだけに思える──我々の侵攻にも気付いてもいない程度だ」
「そうっすよね」
「……言葉を改めろとは言わない。だが、一応は真面目に見張っておいてくれ」
彼は強く叱りつけるようなことはせず、注意だけで済ませてその場を立ち去った。
「(……無差別破壊をもたらす存在。そんな者と相対した時、隊員を守れるか? いや、愚問だな)」
ただの噂話では片付けられず、町の管理体制や次の攻略地を思案しつつ、先遣部隊長は歩みを進めた。




