14f
──風の大山脈……。
「ティア?」
「ガムラオルス、どうしたんだ?」
「いや、いまティアの魔力……いや、気配が」
心配したような顔を見せた後、すぐに茶化すように彼の背を叩いた。
「ったく、マセやがって! ……ったく、惚気るのもいいが、こっちは真面目に探してるんだ。紛らわしいことを言うなっての」
信じようとしない親を無視し、ガムラオルスは疾く走る。
麓にティアがいる。あの女はやはり戻ってきた、と──今度こそ、勝利できると。
今回、ティアを探知する為に多くの者が山を降りていた。魔力の察知範囲を拡張し、運が良ければ接触が取れると信じて。
木々を抜け、襲いかかる木杭群の間欠泉を避け、底の見えない陥穽を飛び越え、息を切らすこともなく全力疾走をする。
最後の一緑をかき分けた瞬間、かつてこの里を後にした瞬間の場面と、火の国の未練を捨てようと振り返った景色が混じり合った。
そう、同じだったのだ。違うのは空の色だけ、他に変化はない。
辺りを見渡し、魔力も探る。気配も、においも、彼には察知できなかった。
少し前、ガムラオルスがくるほんの少し前まで──走れば追いつくことができる距離にまだいるほど──彼女はここで戦っていた。
命を賭けた戦いの末、勝利して戻っていったのだ。
「……ハッ、本当にくだらないな。俺はただ未練を持っているだけ、ただ後悔だけだ──本家の守り人となることも、火の国の傭兵にもなることができなかった、ただの……」
それ以上はなにも言わず、山へと引き返していく。今度の彼には、もう未練はなかった。
感じていたのだ。己の背に、猿真似の子供と滑稽な自分がいることに。だからこそ、もうその過去をみたくも、感じたくも、思い出したくもなかった。
里に戻ると、仏頂面の父親と無表情の族長が待ちかまえている。
「結果は?」先に聞いたのはガムラオルスだった。
「おい、まずは──」
憤っている分家の族長を睨み、ウィンダートは巨木の成れ果てのような、太く衰えた腕を使って両者間に仕切りを作る。
答えろ、と目で訴える若者に答えるように、かぶりを振った。それだけで、ガムラオルスには十分だった。
「こっちも同じだ……一瞬、あいつがいたように感じたが」
「おい、ガムラ──」
「それは魔力か? 痕跡、音か?」
族長の娘を呼び捨てにした──彼も族長の前ではちゃん、などとは言わない──ことを咎めようとする分家の族長を再び制し、硝子を被ったとしか思えない無表情さで問う。
「気配、それと少しの直感……それだけだ」
「安易な行動は慎め、分家の次期族長として見ているのではない、お前個人に言っていることも念頭に入れておくといい」
次期族長──息子、子供という単語から外した言葉を選んで、ウィンダールは告げたのだろう。
実際、この度の戦争において彼の成した功績は大きなもので、別個に部族を任せられることになってもおかしくはないものだ。
かつて、分家の初代族長が大山脈存亡の危機に際して活躍したのと同じように。
ただ、それは飽くまでもたとえ話のような考えでしかない。実際は、大人として責任を持った行動をし、親には頼れないことを指していた。
「しかし、急を要すことではない。魔の者らもこちらへは関心がないとみえる──闇の国の者もまた」
魔物はともかくとし、闇の国については彼の読み通りだった。《聖域》の重要性を知らなければ、この地はただの山でしかないのだから。
「族長」
「なんだ」
「……ティアがこの里に戻ることはない、ということか?」
しばしの沈黙の後「今、この時は──ただ、かの時代に魔の首領がこの地を支配していたのも事実。その報復が起こるとすれば、必要になることだろう」
それは最悪の状況であることを理解した上で、ガムラオルスは立ち上がり、二人に背を向けた。
「強かな者が現れるというなら、俺が討滅するだけだ」
立ち去っていく最中に見えた口許は、明確な笑みを称えている。それが強敵との戦いを望むものか、ティアの帰還を願うものか──いや、二人の大人はそれを読み違えてなどいなかった。




