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大空のフィア  作者: マッチポンプ
後編 ダークメア戦争
440/1603

13s

「渡り鳥、まだやれんのか?」

「うん……ちょっとツライけど、防ぐだけだったら……やれるよっ!」


 住居の壁に匹敵する分厚さを持った緑色の風壁は、鱗粉や突進攻撃を弾き飛ばす。

 一見すると、そこまで厚くないようにも感じられるが、これが超高密度に圧縮された風属性──防御特化の属性であるというのだから、実数値は城壁を何枚も重ねたものと等しいことだろう。


「ティア! 無理を承知でなんだけど!」

「…………うんっ! やってみるよっ!」


 エルズの叫びを受け、ティアは二人が待機している場所に向かって疾走する。

 ほぼ同時に、向こうからもクオークがひどい姿勢で走ってきた。速度は、ひどいものだ。

 自身の相棒へは言葉を用たが、もう一人の鍵であるウルスについては明確、かつひどく霊性な様子で告げられる。


『あの刃をあいつに直撃させて。それも、ティアが戻ってきた時に』

「……まさか」

『そう、あれは幻術の存在よ。だから、鍵はあの天属性使い──エルズ達にできるのは、それの手助けだけ』


 瞬間、全員の意識が部分的に繋がり、行動の目的やタイミングが図らずとも理解できるようになった。

 これこそがこの戦い、最後の仕事。非力な闇属性の術で戦い、焼け石に水な結果を出すのではなく、消火の決め手となる放水を支えることを選んだのだ。

 理解したウルスは笑い、遠くで息絶えになっている一時の相棒の姿をみる。彼の役割はまだ訪れず、その時にさえ万全に動いてくれれば問題はなかった。

 隙だらけの彼を押しつぶそうと、翅を羽ばたかせ、鋭さを増した鱗粉を放ちながらのしかかりを仕掛けてくる。

 同一の方法で防がれ続け、その問題点を鑑みて、対策を考える。

 これは人間に限ったことではないにしろ、他種の動物(・・)──《星霊》は明確に同じとは言いがたい──では、顕著に現れることはないのだ。


 だが、この繰り返しをしているのは彼とて同じだ。

 低密度の淡い赤色炎が広範囲に向かって放出され、降り注ぐ無数の攻撃を焼き払っていく。

 これが金属針や生体鉱物であれば、不足でしかない方法だ。

 しかし、一連の戦いの中で観察し、破壊性を持った鱗粉にすぎないことを判断している。実際、煌く粒群は燃焼して消え去っていた。

 攻防の粒々は失われ、降下を続ける蛾には、鋭く鮮やかな赤が突き出される。


 周囲に陽炎を発生させ、熱量や気流の変化を起こしながら、巨大な炎の杭が軟性の外皮を穿つ。

 透明度の高く、具体性の強いそれは先ほどの低密度とは根本が違っている。

 そもそも、密度が低いものですら術と同等なのだ。ともなれば、この一撃がどれほどまでに重い一撃かが判断できるだろう。

 ただ、これは攻撃ではない。既に、エルズから伝えられた情報の断片から真相にはたどり着いているのだから。


 抜け出そうと、空に戻ろうと身をよじり、翅を動かして鱗粉を散らそうとする。

 それは駄目であると、炎の杭は枝や根のように、突き刺さった体内で分岐し始めた。とてつもなくえげつのない、釣り針の返し(・・)に近い役割とでもいうべきか。

 通常であれば体内をかき回され、滅茶苦茶に引き裂かれるのだから激痛は避けられない。

 魔物には痛みがない、という認識を持っている彼がそれを前提に考えるはずがないのだ。


「ウルスさん!」

「おう……やっとか」


 炎の刃が精製されると同時に、勢いを取り戻しつつあったティアが駆け込みで乗り込んだ。


 加速し、裂いていく風を孕ませ、クオークの頬は膨れ上がっていた。

 そんな彼の姿を笑いながら、ティアは攻撃の寸前になると目を鋭くする。その瞬間、彼女は少女から冒険者へと──《放浪の渡り鳥》へと変わったのだ。

 高温赤色刃の直撃を受けても、魔物の外傷は瞬間的に再生していく。そこにティアの蹴りも付随されていたということを含めると、凄まじい耐久性を持っていることになる──幻想でなければ。


 抱えていた荷物を預けるように、蹴りや火炎の切断による修繕途中空間にクオークを投げ込んだ。尻餅をつける程度の──それもどんどん修復され、狭まっていく範囲だ。 

 焦りを覚えてもおかしくない状況なのだが、彼は聞いていた。託されていた。ティアの残した「まかせたよっ!」という言葉を。


 深呼吸と同時に流し込まれていく天属性の導力は外皮に染み込み、次第に生物的な色は藍色や黒色の光粒に転じていく。

 範囲が狭まる毎に彼は立ち上がり、壁に張り付くようにして堪えた。もう一歩、あと一歩、自分の遅さを自分で補うように。

 そして、ある一点に到達した瞬間、幻は崩れ去った。


 暗色の張りぼてに覆われていたのは、頭一個分程度の藍色結晶──マナストーンだった。

 しかし、こうして干渉力さえ殺いでしまえば、それはただの力の塊にすぎない。炭だけでは燃えず、風だけでは粉を挽けないのと同じことだ。


 ただ、冷静に考えてみよう。彼が最上級の安全を手に入れた時点で──干渉力を失った時点で、どうして空中に留まれるものだろうか。

 答えは安直、留まれるはずがない。クオークは既に落下を開始していた。

 一度は驚異的な精神力を発揮した彼も、緊張が解かれてしまえば普段とそう変わらない。いや、誰でもこのような反応を取る。

 そんなありふれた反応の冒険者を助けたのは、これまた冒険者のティアだった。


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