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翌日、俺は無事に牢を出ることになった。
「お姉様に感謝しなさい。あなたの罪を許すように言ってくれたのよ」
「あの会話でそんな風になるなんて、コアルは変わっているな」
「……お姉様は無茶だから。あたしに襲った善大王なら、自分も襲われるだろうと無防備にも部屋に入った。でも、結果はただそれらしいことを臭わせる程度で何もされなかった」
あれはコアルが本当の意味で幼女ではないと気付いたからだ。もし気付いていなければ手を出していただろう。
「師匠から聞いたわ、あの木屑……もうこの世界に存在しないものらしいのよ」
「この世界に存在しない……?」
「ええ、巫女を興奮させる効果があるらしいけど、随分昔の時代に滅ぼされたって話よ。あんたが持っているわけがないと思ったけど、案の定、誰かから入手したらしいわね」
とすると、あの幼女が俺を利用しようとしていた、ということか。
しかし、俺の読みは百発百中。あの子が何かを企んでいるならば気付けたはずだ。
いや、まぁ深く気にすることでもないかもしれない。結果として俺は解放されたんだ。
「それにしても、動いているとすればあの子に間違いない。だとすれば、何であんなことを……」
「どうしたんだ、ミネア? 犯人が誰かは分かっているのか? ならば教えろ、俺が懲らしめてやる」
ミネアは何も答えず、ただ目線を逸らしてきた。
「おう、出てきたようじゃな」
ヴェルギンが近づいてくる。顔は怒っていないが、内心はどうだろう。
「騒ぎに巻き込まれることも捕まることも慣れてきた。善大王とは辛い仕事だな」
「いい冗談じゃな。あの木の効果でミネアが興奮していたことは事実じゃが、手を出したのはお主じゃろ」
「俺は紳士として然るべき態度を取ったつもりだがな」
ヴェルギンの拳が飛んでくるが、今度は回避してみせた。
「……子供に手を出すなとは言わん。誰でもやっていることだ。だが、少なくとも王族には手を出すな、無用な問題に巻き込まれる」
真剣な表情で言ってくるヴェルギンを見た時、俺はシナヴァリアを思い出した。
「ああ、なるべく抑えるよ」
「しかし、お主が善大王にはなっていたとはな。法衣の時点でそんな気はしていたが、まさか本当に――」
「その善大王が魔物に勝てません、じゃカッコがつかないだろ?」
ヴェルギンは唸り、ミネアの頭を荒く撫でた。
「分かった。適当に流して終わらせようとしていたが、それじゃ駄目みたいじゃな。ミネア、修行内容を変更するが、構わんな」
「はい、師匠……あの、そろそろやめてください」
今回は色々な要因が重なって問題が解決された。
俺が善大王だったこと。謎の人物が俺を貶めようとしていたこと。ヴェルギンが幼女愛好家――というよりは変わった性癖について造詣深かったこと。
これではシナヴァリアに頭が上がらないな。そろそろ、俺も解決に動きだすべきか。
修行の再開の初日は休日をもらい、俺は街に繰り出した。
適当に目を付け、宿屋で軽く済ませると、ようやく俺は冷静になった。
アルマちゃんの一件は文句なく俺が悪かったが、それ以降は単純な欲求の消化ができていなかったことが原因だ。
いまはとても気分がいい。
ヴェルギンの家に戻った途端、気まずそうな顔をしたニオが出迎えた。
「お、おかえりなさい!」
「一々萎縮するな、平民」
「だってあなたはミネア――」
「善大王だ、ミネアから聞いていないのか? それともそんなことも覚えられない程に無能か?」
「意地悪な人ですね! カイトさんとは間逆です!」
「平民の無礼を聞いても憤らない時点で慈しみに満ちていると思うがな」
冗談で言ったが、完全に外れているというわけでもない。
実際、騎士団の騎士ですらこの程度の平民に何かを言われれば激昂し、斬りかかってもおかしくはない。その点、俺はそうした部分に関しては思慮深い。