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彼の加入程度で状況の変化が起こるはずのないことは、ウルスとて重々承知の上だった。
それでも、再び歩みだそうとしたことに関しては喜ばしいと感じたらしい。
ティアの行動については念押しをするまでもなく、単純、底抜けに阿呆な彼女が人の厚意に悪態をつくはずもなかった。
この場に集う冒険者達が結びついた──という感動的な場面においても、エルズは己の役割だけは果たすと、いまだに攻撃を続行している。
刹那、彼女はひとつの疑問を抱いた。一度は到達し、蹴られた精神世界でのことではない。
まさに今、現実に魔物の片翅に損傷が見られるというところ。
それも、千切れるような──焼ききれたようなものではなく、縁を二重三重にブレさせたものだ。
穴が開いたのであれば、その周囲には多少の差こそあれど、物質的な損傷痕が見られる。
だが、あの蛾型を見る限りは、熱の歪みで発生する虚像──蜃気楼──のように、非現実的な不正確さがあった。
「(これって……それに、さっきの世界も)」
エルズが一端を触れた精神世界は──花畑だった。
精神世界の形態は人それぞれで、本人が意図して変化させられるものではない。
しかし、その世界は明滅の度に姿を変えていたのだ。
花園は荒廃した大地になり、異形の怪物が闊歩し始め、次は三つの城──エルズの記憶にはないもの──を見渡す高台、暖かい空気が人や麦を撫でていく黄金の海となっていく。
多少の変化が現れることこそあれど、ここまで異常で、脈絡のないものは彼女の経験には存在しなかった。
その理由は簡単だ。もちろん、相手が魔物だから、という安直な答えではない。
仮面を外すと、《幻惑の魔女》としての態度を取っていた彼女が、ティアのように大声で一人を呼んだ。
「そこの天属性使い! こっちに来なさい!」
子供に命令をされ、大きな声も相成って混迷の極みに達するクオークとは対照的に、二人の最強冒険者達は口許に笑みを浮かべている。
「おう、行ってこい! なに、相手はクソガキだ、ビビることはない」
「誰がクソガキよ、オッサン!」
少女未満の可憐な少女が品のある愛らしい造詣を崩し、鬼の形相をしているというのだから怯えずにはいられない。
だが、決意は多くをもたらした。この時、この状況、あの経験がなければ、彼は悪名高い冒険者──ある意味、この場の全員がそれではあるが──に近づくことなどなかっただろう。
傍に寄った直後、脅しの手口で注目させようとするのではないか、と戦々恐々としていたクオークに対し、エルズは子供が強請る際にする動作と同じものを用いた。
耳打ちの意図を察して屈み込むと、少女は相手を異性だとすら認識せず、唇が耳殻に触れそうな位置にまで近づいた。
いくら未熟な女児とはいえ、もとより恥ずかしがり屋な彼は顔を赤くする。もちろん、妙に大人びた態度、微熱がこもった吐息に催した点は否定できないだろう。
「エルズの幻術を解くのに使った技術、聞けるかしら?」
「えっと……体内に精製した天属性の導力を流して──」
「調整ね。闇属性を無力化して、上下値ゼロの状態にした……違う?」
ここまで言えば的中させられるのは普通のことだが、彼女の言い口は知っていた上での答え合わせだった。
「そう、ですけど」
「ええ、分かったわ。ありがとう、これで次は失敗しないで済むわ」
これが何に関係するのか、と一度は考えたクオークだが、彼女が仮面をつけていないという時点でその答えに到達する。
「まさか、あれが幻術ってこと……」
「違うけど、おしい。だってそうでしょ? 幻術なら、オッサンの熱波で全員が目を覚ましてる」
なるほど、などと言いかけるが、ならばなぜ確認を取ったのだろうか──と、素直な疑問を抱いていた。
だが、両名ともそれらの補足を入れながらの説明を取り止め、用件をまとめることにする。最前線で戦う二人の情勢は、明らかに悪くなっていたのだから。




