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大空のフィア  作者: マッチポンプ
後編 ダークメア戦争
436/1603

12r

 攻撃を受け、凹んでいた腹部は一拍を置いた直後に元通りとなった。そして、憤るかのような雄叫びと共に、衝撃と鱗粉が巻き散らされた。


 衝撃波を受けた瞬間、両肩で耳を覆いつつ、掌で目を守る。

 黒い粉が気道に入りそうにもなるが、ティアは呼気によって侵入を防ぎ、幻術にはまらないように手を打っていた。

 無論、彼女のような無呼吸──それどころか吐き出している──を真似できる者はおらず、導力の壁を張ることで即席の風防とする。

 しかし、魔物がその程度で止まるはずがなかった。


 黒い鱗粉は色を変え、藍色のおどろおどろしい斑模様が入ったものとなる。

 変化にいち早く気付いたのはやはりティアだったが、気付いたところでどうすることが出来る問題でもなかった。

 手指には切り傷が走り、掌や腕ともなるとヤスリで擦られたような──皮が乱暴に剥がされたような創傷が見られた。


 痛みを指標とせず、戦闘続行が可能であるとを理解しながらも、この場からの離脱をティアは考える。

 判断能力の冴えは彼女の天性の素質だが、相手がそれを許すような存在ではないことも理解していたのだろう。

 跳躍しながらも《魔導式》を構築していき、降下する最中にも細刃の斬撃が襲いかかるが、それでも集中力は切らせない。

 衣服が破れ、内に秘められた皮膚すらも刃の餌食となり、血は滲み、滴る。

 相手が遥か頭上となるまで距離を取ってしまったが、それでも《放浪の渡り鳥》は一度の劣勢を過大評価しなかった。


「《風ノ八十四番・山嵐(パニックサイクロン)》」


 乱雑に吹き荒れる緑色の風が周囲の粉を打ち落とし、無力化し、その場から掃いていく。

 視界良好、誤差の発生が見込まれないと判断した時点で、ウルスは最大出力の剣戟(・・)を放った。


 一閃、人ならざる標的に相応する炎の剣は余韻として熱波を放ち、異臭や不快な音を随伴させる。

 今度の一撃は重さが桁違いだったからか、魔物は大きく地面へと近付いていき、主力(・・)が一回の跳躍を用いるだけで射程内に収められるほどとなった。

 超近距離で余波を受けていたティアも、この期は逃すまいと二撃目の用意を瞬時に済ませ、赤錆色の線を描いた足で風の板を蹴る。そのまま、もう片方の健脚で落下しつつある対象に狙いを定めた。

 空気を弾けさせる打撃が放たれるよりも早く──そして、彼ら彼女らからすれば予期せぬ反応として、蛾は翼を翻した。

 急上昇と同時に重たい体を持ち上げ、飛翔させるに足る気流が発生し、相当の推力を保有していた少女の体は打ち負けるように力を失う。

 勢いを失った蹴りが(くう)を通過し──裂くだけの威力もない──文字通りの空振りに終わった。

 それだけに留まらず、攻撃終了と同時に跳躍エネルギーは底を尽き、地に向かって放たれている真っ最中の風が彼女を乗せて駆け出す。


 加速し、特に収束された鱗粉の奔流に飲まれ、熱によって凝固した血液の蓋は一瞬で剥がされた。いや、さらに傷が追加されたというべきか。

 少女が有する肌色の比が五割を切り、衣類すらも苦痛色の浸食を受けていた。

 言うまでもなく、最前線の者だけがそうなっているわけでもない。中距離に位置するウルスでさえ、咄嗟の防御に用いた両腕が真っ赤に染まっていた。

 後衛のエルズについてだが、こちらは幸いなことに血の赤以外は確認できない。

 神経が野晒しになり、触れるだけでも鋭利な感触を味わわないだけマシにも思えるが、それでも平時であれば負傷──それも比較的重い──として扱われる状態だ。


 痛みが平手打ちにでもなったか、クオークは目を覚ましたように呻きだし、自身の体に付着した血液を見て混乱に陥る。


「なんで……なんでぼくばっかり! どうして」


 再降下を行おうとしている蛾を見ながらも、そこには蟲はいない。

 点滅、明滅、鼓動するように、黒い龍の姿が我こそはと視界を支配する。


 逃亡しようにも、恐れで足が強張り、負った傷を思い込みで重症にさせている。

 無理は無理とでその場に(うずくま)り、頭を護る両腕が絶叫するのも無視し、両肩で耳を塞いで──感覚を閉ざして拒絶しようとした。

 仮にも痛みが継続しているという状況の中でも、彼は寸分の狂いなく、それまでの如何なる術よりも精密に、上級術にまで伸びる《魔導式》を組み上げていく。


「(天属性の魔力……それにこれは──逆転の一手に繋がるかもしれないわ)」


 そんな彼の様子に気付いたエルズは、内心でそのように考えていた。

 魔物の精神に進入していく最中にも現実世界での情報を探知し、思考と行動を並列処理で行っていく。このような器用な真似をできるのも、彼女の良さだ。


 彼女は相棒に状況の変化を告げようと、意識の連結を増やそうとするが、眼前に現れたウルスによってそれは妨げられた。


「続行しろ。返事はなくていい」

 憤りそうになる少女を見下ろし、彼は言う。「これは攻撃じゃない」

「《天ノ百二番・天蓋境(ガーデンズガード)》」


 答え合わせのように発動されたのは、濃い橙色の壁を生成する術だった。攻撃でも、状況を打開するものでもない──完全な防御用の術だ。


「(この場で防御……? あの制御をできるなら、攻撃したほうが──)」

「お前の考えは分かる。だが、あいつを戦力に数えるな……クオークは、おそらくかつて魔物と遭遇している」


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