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大空のフィア  作者: マッチポンプ
後編 ダークメア戦争
435/1603

11r

「どうにも、俺達を見張っていたらしい。何の狙いかは分からないが、術中にはめても攻撃をしてこないくらいだ。きっと大層な狙いがあるんだろう」


 視線の先に巨大な蛾を置きながら、ウルスは三人の方に言葉を送っていた。


「オッサン、気付いていたの?」

「お前に惑わされていないかを調べようとしたら、この様子だったわけだ」


 この場では皮肉気味に言っているが、本当は闇の国の術者であることを読んだ上での行動だった。


「気付いてたならやりあわなくてよかったんじゃない?」

「同士打ちを狙っているのかを調べただけだ。どうにも、互いの位置や認識を狂わせていないみたいだからな」


 面識を奪って殺し合わせる、実像と虚像の位置をずらして攻撃を命中させる、幻に落ちている最中に殺す。この全てを選ばず、あの魔物はただ空に漂っているのだ。

 さらにいえば、こうして話している間も攻撃を仕掛けず、気付かれたと分かった上で静観を続けているという奇妙さ。

 魔物と多く対峙していないウルスですら、その異常さには気付かざるをえなかった。


「とりあえず、やるか」

「ええ、一時休戦ね」

「……うーんと、とりあえず、いつも通りだねっ!」


 三人は拳を突き合せ、それぞれに構えを取った──おそらく、現代の冒険者ギルドで最強の、夢の即席パーティーが結成されたといっても過言ではなかった。


「おい、坊主。さっさと……」


 棒立ちで固まり、魂が抜けたように気迫のない臨時の相棒に、彼はいつもの態度で接したりはしなかった。


「(魔物? なんで……なんで逃げたのに、また……なんで、どうして……なんでだよっ!)」


 クオークが天の国を逃げた理由。常に怯え続けることになった原因。魔道二課という栄誉を捨て、恥を背負って行き続けなければならなくなった諸悪の根源。

 恨みで憤り、戦う意欲を得る者もいるかもしれない状況だが、少なくともクオークにその傾向はなかった。

 もとより、臆病な彼が戦えるはずもなかったのだ。


「ねぇ、そこのお兄さんは……」

「《放浪の渡り鳥》、お前が前衛だ」


 あえて触れさせないようにか、この場で最年長であるウルスが指示を行った。

 当然ながら、最も危険な配置を他人に命じたことへの反感は強かった。というよりも、自分の大事な相棒が矢面に立たされ、平気な者がいるはずもない。


「なっ……! オッサン、自分が何を言ってるのか分かってるの?」

「クソガキ、お前は後衛だ。俺に破られるような幻術でも、あの魔物の思考を惑わすくらいはできるだろうが」

「一人で勝手に決めないで!」

「私は大丈夫だけど……」

「ティアは黙ってて!」

「えっ……しゅん」


 憤るエルズを気にも留めず、最後の配置を告げた。


「俺は中衛で様子を見る。攻め時には近付き、それ以外はこのクソガキを守っておいてやる──安心して戦え」

「だから勝手に──」

「ウルスさんだったら、安心して任せられるよ」


 二人は通じ合っていた。もとより、この状況下でそれぞれバラバラに戦う余裕がないことなど、歴然だったのだから。

 魔物を相手に正面からブロックが行えるのは、この場ではティアだけ。見え方は悪くとも、当然の采配だった。


 通しのサインを作っていないはずにもかかわらず、これがカルマ騎士隊にだけ通じるものだとしても、《紅蓮の切断者》は《放浪の渡り鳥》の所作一つで行動を開始する。


「もう……ティアの無鉄砲は今も昔も分かってるつもりだけど」


 地に落ちた面を拾いあげると、敵へと向かっていく二人の仲間から視線を外し、上空の大蛾にフォーカスを合わせる。

 駆けていくティアは瞬時に異変を察知し、見えていないと分かりながらも口許を緩めた。敵や自分のことではなく、相棒の成功を喜ぶように。

 攻め気を見せられてもなお、蛾は動かない。既に《邪魂面》の術中に落ちているとはいえ、具体的な操作を行っていない状態でもそれなのだから、奇妙さは増すばかりだ。

 後方から聞こえる足音が止まった時点で彼女は地を蹴り、空の領域に足を踏み入れる。

 凄まじい跳躍力は楔をちぎるほどではなくとも、羽根を持つ生物の至る地点までは導いていた。無論、それこそが飛行能力を持たない人間の限界。

 しかし、それを考慮しないほど浅はかな者が、ここまで正義を貫き通せるはずがなかった。


「《風ノ二番・(エアカバー)》」


 展開、発動を瞬間的に終え、自身の足元に半透明な緑色の板を作り出した。

 元々は拳一発を防ぎ、剣戟の命中に猶予を作る程度の効力だが、ティアは空中での足場として利用してみせる。


「(持続時間の短いあの術を足場に、か……あのガキじゃねえと出来ない芸当だな)」


 相手の高度に到達すると同時に、岩をも砕く強烈な蹴りが蛾の柔らかな外皮に叩きこまれた。

 大きく抉れ、弾性を帯びた反発を起こし、ティアの体を宙に跳ね返す。内臓が存在するとすれば、この一発で内部はミンチかジャム状になっていることだろう。

 空中での制動はさすがに行えないらしく、《魔導式》の展開を行おうとした最中、彼女の背を、足を支える力場が用意されていた。


「(これ、ウルスさんの……)」


 紛れもない炎の壁だが、熱気や燃焼は一切ない。揺らめく炎の板、という実直な表現が妥当だろう。

 礼を言いあってもおかしくない場面で、二人は目を合わせすらしない。敵から目を離すことを是としなかったのだ。


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