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朝露で濡れた緑は、一瞬で色を変えた。艶を失い、赤を混じらせた土色となり、最後には初老の頭髪を思わせる黒灰色となる。
背後での出来事であるからか、その一部始終を見ていない二人。ただ、背を押す熱気や押し付けるような焦げ音でおおよその判断は行えている。
その火力、その性質、その能力。推測した通り、そして目視した通り、ウルスのものだった。
幻術であるという線も見ていたようだが、この時点で本人が、それも正気で行っていると理解した。
彼が用いる謎の炎は《選ばれし三柱》である二人でさえ、詳しく理解できていない。そのようなものを洗脳などで実行できるはずもない、と読んでいたのだ。
「そもそも、あのオッサンがそんなヘマするわけないだろうし」
「う、うんっ! 私もそう思うっ!」
距離が詰められていくが、依然として片方の顔は見えない。目のいいティアでさえ、ウルスの方にばかり気を向け、認知していない具合だ。
針山や突きの連打のように、鋭い赤が二人の少女に襲いかかった。
互いに頷き、歩調を合わせていたティアが急加速し、侵略する熱を素手で叩き落としていく。
「(風の導力による超硬質化……ティアのそれなら、火の国の武器にも劣らない)」
全てを打ち落とすと、サムズアップと満面の笑みを置きながら、流れる風景の一部となった。
駆ける速度を維持したまま、手早い動作で仮面を取り出し、顔に装着する。この距離に到達すれば、顔が見えずとも相手を効果の対象にすることは可能だ。
「(これで終わり……あのオッサンには、後で話を聞けばいい!)」
金髪の男が視界に入った途端、《邪魂面》は己の役割を果たす。暗き暗い闇の中へと、大賞の意識を沈めこませる。
しかし──それは妨害された。
「抵抗? まさか……あり──ッ!」
胴体ごと真っ二つに切り裂こうと、刃は薄く、刀身は分厚い炎の壁が降下してくる。
「《風ノ百番・界剥離》」
詠唱がなされたと同時に爆炎が舞い、エルズを含めた範囲は超高温の炎に包まれた。
仕留めたと判断したのか、熱は引き、少女を覆う幕は消え去る。
瞬間、ウルスの隣に立っていた男は倒れ、エルズは藍色の刃を構えたまま直進した。
今の攻防で発動された術こそ、全ての攻撃を遮断するという規格外の力を持った防御術。防ぐのではなく、遮断するのだから、あの圧倒的火力の刃すら打ち破ることができなかった。
「いっけーっ!」
背後で応援するに留めているが、どれだけ走っても戦っても疲労を見せない《風の星》が、多量の汗を拭き出していた。
風属性の切断により、攻撃と対象者の間──その紙一重の空間を切り、剥がすことで成立する術。無論、それを成功させるには彼女とて生半可な集中力では成し得ない。
悪あがきのように炎の矢が無数に放たれるが、空に流れる藍と紫の川にさえ触れさせず、エルズはナイフの射程に二人の男を収めた。
むわっと髪を撫でる熱風、足元で轟音を立てる橙の針、藍の切っ先が押す肌色。
「エルズ!」
刃は届いているが、血を吹き出させるには──絶命させるには至らない。
対して、背後の炎剣は使用者の意一つで、エルズの脳天を焼き貫くのだ。足元の針もまた、出力を制限しているだけに過ぎず、避けようものなら光線となりて彼女を穿つ。
勝敗が決したことを示すかのように、髑髏の面は地に落ちる。
一歩届かなかったというよりも、完全に読み負けた形だった。




