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大空のフィア  作者: マッチポンプ
後編 ダークメア戦争
432/1603

9s

 ──水の国北部にて……。


 間の抜けた欠伸の音を聞き、隣で歩いていたクオークは溜息をつく。


「ウルスさん、気合が抜けるので……」

「ふぁあ……なんだぁ? 文句があるならばしっと言えよ」


 言い切らずとも、この時点で全てが伝わるだろうに、と言いたげな表情で彼は歩みを進める。

 肯定的ではないにしろ、ギルドからの仕事を任されたからには二人も動かなければならない。それは怠惰的なウルスも例外ではなく、一度受けたからには全うするのが彼の信条だった。

 ある意味、関わりたくなければ受けもしないというが、彼なりの回答ではあったのだが。

 のっそのっそと進む二人だが、話す内容がないわけでもない。かれこれ移動を開始してから二日目になろうというという時になっても、前言は覆らなかった。


「……全くですね」

「ん? なんだ?」


 独り言だったのか、痙攣でもするかのように身を震わせ、円形ボートを赤珊瑚の棲む白い海の中で泳がせた。


「え、えっと……ですね。ウルスさんが言った盗聴の件ですよ」

「ああ? ああ、あれか。あんなのは成功するわきゃねーよ。冗談だ冗談」


 特徴的な笑い声──しゃっくりのような発声──で嘲け、生真面目(きまじめ)で臆病な若人をからかう。こんなやり取りを何回も繰り返しているだけに、本当の嫌悪感を含ませてはいなかった。

 肝心の盗聴についてだが、これは移動の一日目に提案されたもので、魔道二課所属の人間が行っている通信内容の傍受である。

 通信術式の傍受は基本的に不可能とされ、かの善大王でさえ行っていない程。ただ、なまじ現実性を持った説明だったというのだから、勘違いするのも仕方がない。


「魔物の傾向ってのは良く分かったが、それでもあの村に来ないっていうのはなかなか信用できないな」


 唐突に発せられた発言に対し、クオークは迷っては言おうとしを繰り返し。それでも、最終的には自分に向けられたものなのだと気付き、小さな声で返す。


「おそらく間違いはないと……思いますが。首都(フォルティス)の方でもそうした動きが確認されたので」

「ま、なら構わねぇが……それよりも」


 ベストの胸ポケットから地図を取り出すと、一人だけでみるように小さく広げた。

 地図自体は手書きとはいえ、精密そのもの。高低差も大きいものは表記され、川などの地形情報についてはかなり詳細だった。

 綺麗に最短ルートが記載されていることも、気の利いた心遣いのように思えるが、逆に疑惑しか抱けないというジレンマに襲われている。


「なんで連中はこんな場所に俺達を向かわせたんだ?」


 目的地までまだ少し掛かるとはいえ、こうして冷静に鑑みると問題が浮かび上がって仕方がないようだ。

 クオークは逡巡を見せ、「倒すべき相手が誰か……ですか」と真面目に答えてみせる。


「逃亡した冒険者……っても、そんなのは勝手にしろとしか言えねぇよ」


 他人事ではない別件の逃亡者も、常々見せる癖のような焦りではなく、正真正銘の混乱状態に陥っていた。


「とりあえず、一発ぶん殴ってから首都に帰れとは言うが……おい? 聞いてるか?」

「え、ええ。き、聞いてますよ」

「ま、お前はそこらへんの手加減が苦手そうだしな……戦闘が始まるようであれば、手を貸せ。それ以外は眺めていればいい」


 優しい発言にも思えたが、彼からすれば余計な介入が行われることが厄介だったのだ。

 炎の刃が術のように形式ばっていない為、調節さえすれば無傷で──アザはできるが──止めることも可能。

 故に、非殺傷を確定で行える自分の他に、誰かが混じってもらっては困るのだ。


 打ち合わせを終えた直後、二つの存在を察知したらしく、クオークは耳打ちを行った。


「二つの高魔力反応を見つけた」

「……ああ、あれか」


 常時広範囲を探知するという臆病が功を奏したのか、ウルスさえもこのことには気付いていなかったかのように返した。

 ただ、なまじ距離があるせいで具体的な絞込みはできないらしく、顎をしゃくって続く情報を述べるようにと促した。


「一人は……闇属性」

「闇属性……? まさか、内通者か」


 闇属性の使い手が珍しいということもそうだが、突出した魔力の量ともなれば五指か十指に収まる。

 自然に考えるならば、敵国のそれなりな術者が付いているという線が妥当なところ。


「幻術に対する耐性は?」

「ほとんどありませんよ……一番苦手だ」

「(……ん、最後はなんだって?)」


 早口で聞き取れなかったようだが、幻術に弱いことだけは伝わったらしく、幾度か首を縦に振り「なら下がっていろ」とだけ告げた。


「耐性はないけど、対処ならできますよ」

「はは、なら問題はねぇ! 突っ込むぞ」

「えっ、ちょっと……」


 一人で走り出す臨時リーダーの背を見つめながら、震えた足を幾度も殴りつけ、自身の言葉が虚勢ではないと言い張るように走り出した。

 がむしゃらで整っていないフォームで、それでも《魔導式》を展開しながら。


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