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外から聞こえてくる音に耳を傾けつつ、アルマは従事を続けている。朝から始まり、外はもう夕刻だ。
疲弊する者が出始める中、彼女だけは最初と全く変わらない様子で、真剣ながらも優しい微笑みを絶やしていない。
縫合を導力で行い、抜糸の過程を省けるようにした段階で、残っていた重傷者は全員掃き終わった。
軽傷者は多いが、長い戦闘で感覚を掴みだしてきたらしく──敵の数が減っているのもあるが──アルマでなければならない患者は減っていたのだ。
軽く一息をつくと、彼女の背を叩く者がいた。
「巫女様、休んでください」
「えっと……あなたは──誰だっけぇ」
ずいぶんとひどい言いようだが、それも仕方がない。この場で名前は使われておらず、声をかけてきた少女はただの学生にすぎないのだ。
「ベックです」
「べーちゃん、心配しなくて大丈夫だよぉ……あたしはまだ元気だから、へーきだよへーき」
これはやせ我慢だ、というのは言葉だけで分かる。
彼女の場合は満面の笑みで、疲労の色を見せずに言っているのだから、本当にそうなのではないかと思ってしまうのだ。
事実、肉体的な疲労は軽度だ。従事している最中にも、自身の体に精製した導力を流し込み、休む必要をなくしている。
光属性の効力を知るならば、これがどういうことかが分かるだろう。
彼女が十全なのは肉体だけ。やむことなき苦痛や、精神的な消耗は一切回復していないのだ。
肉体よりも精神、これが人間の在り方──快楽を感じさせれば、限界を越えて動き続けられる──なだけに、それがこの笑みや余裕の正体ではないことが分かる。
「でも……」
長い髪を二つに結った少女の頭を撫で、今度は口角を大きくあげ、しっとりとしたものを元気溌剌とした。
「ベーちゃんはここの人ぉ?」
「ここ……あっ、そうです! 領地の為に戻ってきて……」
「ベーちゃん立派だね。あの魔物を倒せたら、お家に遊びに行きたいなぁ」
「わ、わたしのお家に?」
「そうだよぉ、一緒にお泊まりしてー……お菓子食べたいかなぁ。あっ、お菓子は贅沢かなぁ」
相手の地位を理解できるだけに、出過ぎた真似をできずに押さえ気味だったベックだが、このアルマの言葉でついに吹き出す。
「そんなことないよ! いっぱいお菓子あるし……そうそう、コックさんのご飯もおいしくて! お家のそばには綺麗な花がいっぱいあるから、一緒に遊ぼ……」
そこまで言い掛けて、自分が敬語さえ忘れて素になっていたことに気付いた。
申し訳なさそうに顔を赤らめるベックに対し、銀髪のハーフエルフはかつての因縁などなかったかのように、人間の子供の手を握る。
「一緒にあそぼー!」
両手で手を繋ぎ、はしゃぐようにあげさげをする二人の姿は──平和な時代に在るはずの存在だった。
病床に伏していた者達はそれだけで、守るべく日常を再認識し、平和を壊した者への闘争心を高める。
そしてなにより、休むことなく、それであって不満や疲れすら見せない自国の巫女──姫に応えなければならないと思ったのだ。
自主的に起きあがった軽傷者達は、床の横に置いていた装備を掴み、装備を整えていく。
「戦場に戻ります」
「ま、まだみなさんは休んでもらわないと──」と、ベックは言う。
「姫様方に迷惑をかけてられない、ってことですよ。もう一息ですから、これ以上怪我人を増やさないようにしますよ!」
それぞれに満足げな表情をし、次々と陣営を後にしていった。
そんな兵士達にアルマがしたのは、制止ではなく感謝を示すような深すぎるお辞儀だった。
意図せぬとはいえ、彼らの自主決定を阻害すべきではない、と彼女は感じたのだろう。
尊厳や役割の喪失が生存欲求を低下させるのだとすれば、これがその場に適した行動だと言える。
逆に今、彼らは絶対に死ねない──傷を負うわけには行かない理由を得たのだから。
ただ一人の少女は、戦闘に参加することもなく、首脳陣が考えた策……効率の結晶を砕いた。




