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大河の地点を突破して以降、進行は恙なく行われた。そして、盗賊ギルドの提示した取引は受領され、内々に調印が交わされることになる。
一冒険者にすぎないあの男──マッドは呼ばれず、水の国の某所にて行われた式には盗賊ギルド側から十名、冒険者ギルドからはランクⅣの冒険者が六名だけ出席した。
盗賊の長であるワインストラウブの脇を固めるのは、苔色の髪をした男と藍色混じりの金髪──スタンレーである。
残り八名はその後ろに一列で並び、スケープもその一人として主の真後ろに陣取った。
老ギルドマスターは眼鏡の位置を整え、前に出る。こちらも同じように随伴の冒険者を二人つけている。
その片方は《火事場の白煙》、ちょうど彼の後ろには、いつかエルズを内部粛正しようとした槍使いの男が立っていた。
面識のない者達は警戒を維持し、互いの長達が行っていく取引の現場を見守る。
そして、ある段階でギルドマスターの表情が代わった。ただでさえ多い皺が、深みを増す。
「協定、という意味ではないのか?」
「違う、俺の要求は両組織の健全な関係の構築だ」
「健全な関係……? なにが狙いだ。盗賊サイドに利はないはずだ」
「少なくとも、暇潰しで盗賊狩りをする阿呆な冒険者達は減る。俺とて、犯罪行為をすればそれに対する責任は発生すると考えている──だが、何もしていない者がその範囲に入るのは、許せない」
しばし睨み合い、意を決したように眼鏡の老人は野蛮な格好の男に手を差し出した。
「了解した。その条件を呑もう」
これこそが、盗賊ギルドの勢力が減退した──表舞台に姿を現すことが減り始めた理由だった。 この取引で決定されたのは、盗賊ギルドと冒険者ギルドが表立った抗争──敵対関係をかこつけ、理由もなく戦闘することが多々あった──をやめること。
両者間が理由を持って戦う際は例外とし、社会にもこの関係の変化を告げず、建前は敵対関係を続けることだった。
理由さえあれば戦ってもいい、全てを見逃さなくてもいい、これらは合理的ではなかった。
盗賊側が提出した盗品は馬車三台分に達し、それらを合計すれば金貨一万枚はくだらないだろう。
盗んだものだとして、これを無条件で返還し、かつ罪が洗浄されるわけではないとすれば、割にあわないのは明白だ。
ただ、このようなトチ狂った取引の最中だというのに、十名全員が表情一つ変えず、当たり前のことだという様子なのだから不気味でしかない。
疑問を含ませていた冒険者側を残し、盗賊達は自国への帰路についた。
帰りの馬車では、盗賊の長とスタンレー、スケープの三人は一緒の馬車に乗り込む。残り五名──三人は御者の役を担っている──はそれぞれの馬車に二、三名ずつで振り分けられていた。
揺られる馬車の中、スタンレーは素っ気ない様子で純白のワンピース──絹製で、フリルのついた高品質なもの──の少女に語りかける。
「よくやった」
「誉めてもらって、嬉しいです」
「そうか」
目を閉じたままだが、ワインストラウブは聞き耳を立てているようにも見えた。
そんな長の様子を窺いながら、スタンレーは幾度か馬車の外を改める。今回の仕事は帰還して初めて達成されるのだから。
「学べたことはあったか?」声を一段と小さくした。
「人は理屈だけでは動いてくれない、ということが分かりました。今度からは理屈っぽさを少なくして、誘導できるようにがんばります」
返答は優等生の──いや、形式的なものだった。
問いへの返答、その問題を解消する方法の提示。自身の行動を評価する際に用いられるものだ。
「それと、こんな体にも興奮する男性が普通にいることも、分かりました」
「好き者……いや、追いつめられて錯乱していたんだろう。ハニートラップをするにしても、貴様の体では不足だ」
空色の瞳を外界に向けながらも、声は隣に向けられる。「貴様がより便利な駒になることを期待しよう」
丁寧に切りそろえられた紫色の髪を揺らし、スケープは頷いた。
馬車も頷いたのか、大きく車体を傾かせ、動きを停止させる。
カッと見開いた瞳と視線を交わらせ、「これはおれの役割だ」と言わんばかりに、立ち上がろうとしていた少女を制した。
扉が開かれた時、第一に見えたのは──タトゥーを施し、ナイフや曲刀を構えた褐色肌の男達だった。
車内戻り、確認を行うことはない。スタンレーはあの一瞥で、許可を取り付けたのだから。




