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大空のフィア  作者: マッチポンプ
後編 ダークメア戦争
425/1603

4v

 ──数年前。水の国、西部の都市ブリッツにて……。


「ったく、話が違うじゃねえかよ……このクソガキが」


 馬車十台が横並びで進行しても影響がない、と思ってしまうような石橋を眺めながら、男は呟く。

 手の甲には青色の石が張り付いており、もう片方の手は左肩に掛けた麻袋の口を掴んでいた。


 念押しするが、彼は紛れもない冒険者だ。口調の悪さや正義感の欠片もない態度、赤茶けた不精髭などと、むしろ盗賊の方が自然に見えるが──冒険者だ。

 そんな彼の隣にいるのは、現在の瓢箪(ひょうたん)とは対照的な、割られる前の薪を思わせるスケープだ。


「わたしのせいです、すみません」

「クソ! クソが! このクソガキを囮に使えるならどんだけよかったことか!」


 二人は家の影に隠れながら、幾度も橋を見つめた。それで結果が変わることはない。

 雷の国と水の国を繋ぐ、ガルドボルグ大陸最大の橋。

 見るだけでも驚きを感じる建造物も、それに見合うだけの障害がある。そちらの方を見てしまえば、夜が光を奪うように感情の勢力が反転するだろう。

 広がりに広がった大河は、北や南を見渡しても途絶えることがない。

 さらに言えば、この西部(・・)と中部を分かつ川は北西、南西部の何処よりも対岸との距離があり、通行には適さないと思う者も多いことだろう。


 ただ、通行にはとても便利なのだ。石材でしっかりと作られた橋だからこそ、行き交う人々の重量にも耐え、大きな荷物を運搬する馬車も難なく境界を越えていける。

 後押しをするように、フォルティスとラグーンを結ぶ道の中で、この石橋を経由するものは最初から最後まできっちりと舗装されているのだ。


 述べる限りではとても素晴らしいものだが、このような代物を作ろうとすれば、当然多くの死人が出る──出ている。

 古のことを抜きにし、手に触れられる現在(いま)にしてみても、無精髭の冒険者のような悪党(・・)が利用できるのだから問題だ。


 結局、踏ん切りのつかなかった男はスケープを連れて宿屋に行き、鍵を閉めた部屋の中で袋の中身を出した。


 薄汚い外見とは裏腹に、引きずり出された臓物は金色に──光の色と、輝きを宿していた。

 鮮やかで透明度の高いグリーン、マゼンタ、ブルー、そして脚光を浴びる光色の石。

 両端を結われた麦の穂、中空の満月はオレンジランプが発する明かりを受け、周囲の世界をその身に映した。

 これら装飾品は袋の四割にも満たない量だが、とてつもない重量になっている。これは心理的な影響でもあるが、物理的にもずっしりとした重さを持っているのだ。

 しかし、男が興味を持っているのはそちらではなかく、数枚の上質な紙の方。既にインクが染み込み、記すものとしての役割は終えている。


 この紙に記されている内容を要約すると、盗賊ギルドが盗んだ宝の一部がここにあり、それらを前金に取引を行うこと、そして締結された後に残り全てを返還するのだという。

 つまりは、この財宝の山は文字通りの大金の種であり、売り捌こうものなら城を──それどころか、貴族の名を買うこと──一部の弱小貴族は金で養子入り、婿入りを行っている──も夢ではない。

 それもあってか、このランクⅡ冒険者はあのように怯え、引き返すことになっていた。

 これが盗賊ギルドと冒険者ギルドに内々に通じる鍵であることは、間違いない。

 そうなったら最後、冒険者の治安維持機能は完全に停止する……と、彼は考えていたのだ。

 裏でそれに近いことが行われていると知らない彼の考えは、水溜まりのように浅い。

 ただ、冒険者と盗賊の関係については間違っているとは言い切れず、これが完全に停止した場合の影響は貴族との癒着どころではないのだ。


「……馬車に紛れて移動しましょう。そうすれば、この宝が見つかることもありません」

「うるさい! そんな面倒なことができるか! もし見つかったらどうする、交渉するにしても、コイツを知ったら揺すってくるに違いない!」


 示すようにベッドのシーツを叩くと、その付近にあった取引材料が綿のしなりに呼応し、飛んだり跳ねたりを繰り返す。


「ですが……」

「御託はいい! とりあえず……そうだ。川を越えるとしよう! これが最もいい選択だ!」


 スケープは解せないという様子で、それでも顔に表さないように努めていた。


「引き潮で浅くなりさえすれば、突破できないこともない」


 幸か不幸か、この西部──大石橋の都市、ブリッツに面する川は浅い。広がりすぎた影響からか、余所と比べるとまだ安全な深さになっているのだ。

 それこそがこれほど大きな橋を架けることができた理由であり、多くの作業者を溺死させた原因だった。 


「干潮の場合は水の勢いが激しく、流される可能性があるのでは?」

「うるせぇ! お前は俺に従っていればいいんだよ」


 彼女の指摘は的を射ていた。夜中の、重い荷物を抱え、突破できたとしても濡れた状態で首都まで向かわなければならない。

 これは、無謀な挑戦だったのだ。


 口答え──進言を行おうとするが、髭の男は少女を押し倒し、脅すように顔をしかめる。

 しかし、彼の眼窩に収められていた白色率の高い球体は、眼前の対象を虚像に変えた。

 火の国に居を置くからか、上下の衣類は短く薄い木綿製。色気も色彩もない黄茶色──極めて薄く、とはいえ白とは言えない程度──のものとはいえ、太腿や腹部が露出している。

 それらは立体性が乏しく、水の国の芸術家──油絵の画家辺りだろうか──であれば造形や描写の貧相さを嘆き、批判することだろう。

 ただ、苛立ちがもたらした異常な精神状態は、目に見える安い要素を美しく飾り立てている。

 目が狂った、娘が惑わす、彼はそう認知していたに違いない。

 他人が──それも数人も狂っていると感じた時には、九割自分自身がおかしくなっていることが多いのだ。この例もその比率を高める結果となっている。 


 心理的な安堵を求めるように、男はこの一室の時代を遡航させた。人類としての誇りを、衣服ととともに脱ぎ棄てた(・・・)



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