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この状況で結果は言う必要性はないだろう。一対一の勝負ともなれば、ウルスの敗北する可能性がなくなったも同然。
ただ一撃、炎の円陣が相手を囲んだ時点で勝敗が付き、全員が無傷──女性冒険者は骨折を起こしていたが──で手打ちとなる。
「《紅蓮の切断者》、この行動の意味が分かっているのか?」
「もちろん」
「冒険者ギルドを敵に回して、ただで済むと思うな」
「フッ……こんな状態じゃあ、冒険者ギルドの威光なんてあってないようなものだ。井戸のカエルに付き合うほど暇じゃない」
睨みつけてくる白髭から視線を外し、ウルスは呟く。「その娘、早く治療しなければ……後遺症が残るぞ」
このスワンプにおいて、骨折を治療する手段は存在していない。他所の村に行かない限りは、死の症状なのだ。
忌々しげに痰を吐き、案内人の背を蹴りつけると、冒険者の一同は村を出て行った。
そうして少し経った頃、何気ない仕草で声がこぼれる。
「お前、どうして手を出した」
「フェアじゃないと思ったからです」
「よく言う」
あの状況、間違いなくウルスは勝利していた。ただ、その場合には死人が出ていたことは言うまでもない。
クオークはそれを予期し、この場で人死にが出ないように手を尽くした。ただそれだけのことだった。
沈黙の中、一つの音が──生物の声でもなく、自然のせせらぎでもない──二人の耳に届く。
『彼らがこの場を訪れた意味、ご理解いただけましたか?』
互いの表情を窺い、内容が同様のものであることを確認した。
「本部から権力を渡されてるってことか。でもなきゃ、あの人数は呼べない」
『その通り。戒厳令を解く力すらも持ち合わせています』
冒険者を無尽蔵に送り込める、という意図で察する若人に溜息をつきながら、《紅蓮の切断者》は一個人の立場を捨てた。
「それで、なにが目的だ。それを言ってもらわなければ、手も打てない」
頑なに拒絶し続けてきた男が膝を屈した。
そうした生き様を一場面しか知らないクオークとて、彼からの言葉を直接聞いていた為に驚きは知る者と同じだ。
『《紅蓮の切断者》、クオークの両名はコーラルに向かってもらいます。そこに、あなた方と同じくギルドの意向に背いた者がいます』
「なにをしでかしたんだ、そいつは」
『そいつらですね。任務を放棄し、逃亡を行っています。コーラル以外に逃れている可能性もあるので、発見し次第……』
見えないと分かりながらも頷き、ウルスは答える。
「応じた場合、俺達に関わらないことを誓え」
『ええ、こちらからとやかく言うことはやめにしましょう。応じていただけますか?』
吐き捨てるように「分かった」とだけ言い、通信を切断する。
答えられずにいるクオークは通信を繋いだままだが、この状態では問いすら投げられないと思い「分かりました」と承諾の意を示した。
再び訪れた静寂の中で、第一声を切ったのは──ウルスだった。
「五人の命を拾ったバチだ」
「……ぼくの為ですか?」
「ああ」
「どうして」
「俺もまた、殺さずに済んだ」
男は嬉々として──無感情に人を殺せる人間ではなかった。
クオークはそれに初めから気づいており、薄々と感じ、そうさせないように動いていたのだと自覚する。
納得する青年を余所に、さっさと進み、彼との距離を開いていく。
「(婆さんが解放されたのも、おそらくこいつを利用する為……連中は俺を手中に納める為なら、どんな手でも取ることを示してきた)」
その最終地点に、燃えさかるスワンプの村を幻視し、彼はこの選択を取った。
身近にいる若造を守り、自身の村を火の海に変えられないように。
そして──サイガーという男のハラワタを探る為に。




