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建造されていく見張りやぐらの様子をみながら、急に吹いてきた夜風に身を震わせ、ガムラオルスは眠気を失う。
魔物の気配はなく、空は広く、そしてかつてと変わらずに黒藍色のまま。退屈さに押されるように、腰に差した剣を抜きはなった。
無骨な剣は幾多の激戦を掻い潜りながらも傷一つなく、あの時と変わらない姿を保ち続けている。
「(……行く理由も作れないな)」
折れ、刃が潰れるようなことになれば、別れを告げた師匠と再会することが可能だと思っていたようだ。これは気取り気味だった、かつてのガムラオルスの態度とは合致しない思考にも思えた。
彼からすれば、ヴェルギンこそが強い父親像に適した人物だった。もう忘れているやもしれないが、シナヴァリアは優秀な兄として認知していたのだろう。
現実とは違う、地に足の付いていない理想。まさしく彼は子供であり、それは大きく変わっていない。
ただ、こうして感傷に浸る程度で留めている辺り、何も進んでいないわけではなかった。ただ力だけを思い求めるのではなく、その一つ上の段階へと上がろうとしていたのだ。
「どうしたぁ、ガムラオルス」
正真正銘の寝起きらしく、彼の父は瞼をさざなみのように揺らし、掌は温かくゆったりとした吐息に触れていた。
「……ただ、考えていただけだ。外界のことを」
抜きはなっていた剣を鞘に戻し、さっと立ち上がる。尻を数回叩いて砂を払い、軽く屈伸をした後にその場を立ち去ろうとした。
「おい、待てよ。たまには付き合えよ」
投げつけられた木製のボトル──外見だけでは、茶色い木筒にコルクが刺さっているだけ──を受け取ると、確かめるように軽く振ってみせる。
すると、妙な抵抗感を孕ませながら、薄い鉄板がたわむような音が聞こえてきた。もちろん、内部には液体が充填されている。
眠気が舞い戻ろうとするも、ガムラオルスは上瞼を人差し指の側面で擦るようなことはせず、毅然と内容液を口に含ませようとした。
途端に頭頂部へと手刀打ちが放たれ、痛みを介する方法で覚醒が促進される。憤りを覚えそうにもなるも、彼はそこまで熱くもなれなかった。
「何のつもりだ」
「馬鹿野郎、ガキが飲むもんじゃねえよ。酌をしろって言ったんだよ」
面倒なのか、ブーメランのように戻ってきた眠気のせいか、父親の発言にそのまま従う。
薬指と小指を台にして置かれたそれは、人差し、中指、親指によって固定されており、ガムラオルスは無心で溢さないように注ぎ込んだ。
「なぁ、親父」
「溢すなよ」
「分かっている」
蓋を戻してから地面に置くと、そのまま父親の隣に座りこんだ。
「それで、なんでぃ」
「……ティアの消息は掴めていないのか?」
「ティアちゃんは一向に来てくれねぇからな。族長が通信術式……? っうので繋いでたかもしれねぇが、少なくとも俺らには結果を伝えちゃくれねぇ。来てくれないってのが答えだとは思うが」
「違う!」
唇に当てたまま止めたかと思うと、父は御猪口を地面に置いた。
「ガムラオルス、お前の方はどうなんだ? 外界にいたなら、もっと分かるはずだろ?」
「……ティアは冒険者として、多くの者に慕われていた。普通に考えれば、今もギルドの下で動いているんだろう」
「一族を見捨てて、か? あのティアちゃんが?」
「あいつももう子供じゃないんだろ……俺と同じで──もう、子供じゃいられなかったんだ」
真剣な顔つきの息子を見つめながらも、すぐに茶化すような笑い声があげられた。
「おいおめぇ、ティアちゃんのホの字なのか?」
「……」
「まぁ、あの子もお前のことは好きみたいだからな。でもなぁ、相手は族長の娘だ」
「その気はない」
「無知な子供で性に関心があるからと、恋心を利用してへんな真似はするなよ、っと」
「へんな真似、なんのことだ?」
夢と酩酊の合間を彷徨っているのか、少量にもかかわらず遠慮のない下卑た表情を浮かべ、二指で作った円の中に、一本の指を通す。
「若ぇうちはそういうことに首っ丈かもしれねぇが、あんま無責任なことはすんなよ」
「……不愉快だ。俺はもう眠る」
「おう、わりぃな」
ガムラオルスは咄嗟に振り返った。そこには、寝ボケ泥酔親父などではなく、分家の長が座っていた。
「(どうにも、本当に疲れていたみたいだ。少しは眠るべきか)」
厚意に気付きながらも、礼も言わずに寝床を目指す。そうすることこそが、最大の返礼になると理解して。




