反目する勢力
──雷の国南東部、都市ルカリーにて……。
長いマフラーを靡かせながら、城壁の上から外を見つめる。風景ではなく、倒すべき相手を。
鈍色の瞳をした個体は一体であり、都市に配備された兵、雇われ冒険者を動員すれば対処可能な障害でしかなかった。
しかし、問題は侍らせた雑兵。無数の羽虫にある。
「ほんと、やになっちゃうし」
背後からは巫女を称える声があるが、彼女にとってそれらは何の効力もなかった。
なにせ、彼らは問題の大きさが見えていないのだから。
ライカの目にはしっかりと、五百本を越える細長い布が見えていた。もちろん、それが実体を持っていないことは彼女も理解しており、認識できない者達への見下しもない。
それぞれの布の袂には、一匹の羽虫がいる。それが前述の数値に達しているというのだから、規模の凄まじさが一目で分かるのだ。
「(中の探知が言ってたけど、全くのでたらめね)」
彼女の考える通りに、魔力察知はこうした場面に弱い。強すぎる魔力の混入、全員が一致した魔力、それらの条件が追加されるだけで一気に精密性が薄れるのだ。
なまじ大きな都市だけはあり、術者の配備も整っている。故に、視認での数えもおろそかになっているのだ。
「じゃあ、ちゃっちゃと終わらせるし」
城壁から飛び降りると同時に、紫色の落雷が巨大な魔物に直撃し、目障りになっていた薄布が消滅する。
ただ、今回は相手も頭を使ったらしく、灰色の皮膚を蠢かせる魔物は侵攻を停止しなかった。
囲炉裏から姿を現すように、大量の灰──直撃した個体の屍──を押し退け、四百本の線が再び伸びる。
「(味方を盾にして耐え抜いた? でも、アタシの攻撃は突破されないはずじゃん……どういうことなのか分かんないし)」
思考が巡る最中、落下の速度は増していき、柔らかな緑の毛布が何の緩衝効果も持たない段階に到達した。
「《雷ノ三十四・磁力》」
待機していた《魔導式》が煌き、ライカの全身に紫色の力場が出現する。
その意味を鑑みない魔物とは対照的に、彼女は口許を緩めながら《魔導式》の展開を再開した。地面に叩き付けられる寸前でありながら。
瞬間、力場は幼い体を包みこんだまま加速し、進撃する灰被りの元へと駆けつける。流星のように──無骨な砲撃とは違う、人に感動を与える自然現象のように。
「《雷ノ五十五番・雷撃》」
同じ落雷ながらも、槌のように振り落される雷ノ八十八番・落雷とは違い、枝分かれしながら拡散していく一撃が周囲に放たれた。
範囲は丁度、一団がいる部分だけ。ただ、一匹たりとも射程外へは逃していない──いや、逃れることができるはずもなかった。
第一撃目の術は雷ノ百四番・避雷針といい、マーキングの意味も含めた攻撃術であり、雷ノ三十四・磁力とは対の磁気を帯びさせることが可能。
それによって、相手を吸い寄せ、自分が引き寄せられていくということを動作なしに行える。
今のように接近していると、羽虫ですら彼女の射程内に吸い込まれていき、逃れることは叶わないのだ。
鈍色の瞳を称えた魔物だけは抵抗に成功しており、それが仇になるように杭を打った安定感抜群の巌となり、彼女の身に危機──無抵抗で吸い寄せられていけば、一撃で圧殺されてしまう──が訪れることがなくなった。
魔物側も急接近、発動された術の対策としてか、すぐさま陣形を組もうとする。
だが、不規則な磁気のせいで好き勝手には移動できず、細く分かれていく雷撃がそれぞれを貫いていった。
たった一撃で羽虫を全滅させ、残すは灰色の毛を持つ大鼠だけとなった。
「あとは適当に流して、おしまいにするし」
紫色の磁気が取り除かれ、二又のマフラーは降参でもしているかのように両手を挙げた。だが、それを向けているのは重力や引力にであり、眼前の相手ではない。
毛針が放たれるが、紫色に帯電した橙色のマフラーを振り、それらを叩き落としていく。
術に変換せずとも強力な導力を持つライカだからこそできる、緊急近接用の技だ。
「(あんな奴の真似なんかしたかないけど……それでもっ!)」
白い草原に降り立った時、先駆けとなった靴は──その主はこの地面が生物ではないことを悟る。
繊維状で毛のようにも見えた鉱物、それも絶縁能力や耐火性能を持つもの……石綿だ。
急場での用意や変化ではないにしろ、この場にそれをぶつけてきた意味。さらに、雷撃を突破する陣形。それらが意味するのは、善大王が予期した通りの展開だった。
「《雷ノ八十八番・落雷》」
ただ、ライカについてはそこに目がいかなかったらしく、あっという間に力押しで魔物を穿ち、蒸発させる。
雷柱を背に、再び降伏を示すマフラーを靡かせるように撫でながら、彼女は本物の草原に着地した。
敵性反応もなく、戦いの終焉を感じ取り、その場から静かに立ち去っていく。向かう先はルカリーではなく、ラグーンだった。




