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大空のフィア  作者: マッチポンプ
後編 ダークメア戦争
417/1603

反目する勢力

──雷の国南東部、都市ルカリーにて……。


 長いマフラーを靡かせながら、城壁の上から外を見つめる。風景ではなく、倒すべき相手を。

 鈍色の瞳をした個体は一体であり、都市に配備された兵、雇われ冒険者を動員すれば対処可能な障害でしかなかった。

 しかし、問題は侍らせた雑兵。無数の羽虫にある。


「ほんと、やになっちゃうし」


 背後からは巫女を称える声があるが、彼女にとってそれらは何の効力もなかった。

 なにせ、彼らは問題の大きさが見えていないのだから。

 ライカの目にはしっかりと、五百本を越える細長い布が見えていた。もちろん、それが実体を持っていないことは彼女も理解しており、認識できない者達への見下しもない。

 それぞれの布の袂には、一匹の羽虫がいる。それが前述の数値に達しているというのだから、規模の凄まじさが一目で分かるのだ。


「(中の探知が言ってたけど、全くのでたらめね)」


 彼女の考える通りに、魔力察知はこうした場面に弱い。強すぎる魔力の混入、全員が一致した魔力、それらの条件が追加されるだけで一気に精密性が薄れるのだ。

 なまじ大きな都市だけはあり、術者の配備も整っている。故に、視認での数えもおろそかになっているのだ。


「じゃあ、ちゃっちゃと終わらせるし」


 城壁から飛び降りると同時に、紫色の落雷が巨大な魔物に直撃し、目障りになっていた薄布が消滅する。

 ただ、今回は相手も頭を使ったらしく、灰色の皮膚を蠢かせる魔物は侵攻を停止しなかった。

 囲炉裏から姿を現すように、大量の灰──直撃した個体の屍──を押し退け、四百本の線が再び伸びる。


「(味方を盾にして耐え抜いた? でも、アタシの攻撃は突破されないはずじゃん……どういうことなのか分かんないし)」


 思考が巡る最中、落下の速度は増していき、柔らかな緑の毛布が何の緩衝効果も持たない段階に到達した。


「《雷ノ三十四・磁力(マグネティックフォース)》」


 待機していた《魔導式》が煌き、ライカの全身に紫色の力場が出現する。

 その意味を鑑みない魔物とは対照的に、彼女は口許を緩めながら《魔導式》の展開を再開した。地面に叩き付けられる寸前でありながら。

 瞬間、力場は幼い体を包みこんだまま加速し、進撃する灰被りの元へと駆けつける。流星のように──無骨な砲撃とは違う、人に感動を与える自然現象のように。


「《雷ノ五十五番・雷撃(サンダーボルト)》」


 同じ落雷ながらも、槌のように振り落される雷ノ八十八番・落雷(ライトニングストライク)とは違い、枝分かれしながら拡散していく一撃が周囲に放たれた。

 範囲は丁度、一団がいる部分だけ。ただ、一匹たりとも射程外へは逃していない──いや、逃れることができるはずもなかった。

 第一撃目の術は雷ノ百四番・避雷針(エレクトロアース)といい、マーキングの意味も含めた攻撃術であり、雷ノ三十四・磁力(マグネティックフォース)とは対の磁気を帯びさせることが可能。

それによって、相手を吸い寄せ、自分が引き寄せられていくということを動作なしに行える。

 今のように接近していると、羽虫ですら彼女の射程内に吸い込まれていき、逃れることは叶わないのだ。

 鈍色の瞳を称えた魔物だけは抵抗に成功しており、それが仇になるように杭を打った安定感抜群の巌となり、彼女の身に危機──無抵抗で吸い寄せられていけば、一撃で圧殺されてしまう──が訪れることがなくなった。

 魔物側も急接近、発動された術の対策としてか、すぐさま陣形を組もうとする。

 だが、不規則な磁気のせいで好き勝手には移動できず、細く分かれていく雷撃がそれぞれを貫いていった。

 たった一撃で羽虫を全滅させ、残すは灰色の毛を持つ大鼠だけとなった。


「あとは適当に流して、おしまいにするし」


 紫色の磁気が取り除かれ、二又のマフラーは降参でもしているかのように両手を挙げた。だが、それを向けているのは重力や引力にであり、眼前の相手ではない。

 毛針が放たれるが、紫色に帯電した橙色のマフラーを振り、それらを叩き落としていく。

 術に変換せずとも強力な導力を持つライカだからこそできる、緊急近接用の技だ。


「(あんな奴の真似なんかしたかないけど……それでもっ!)」


 白い草原に降り立った時、先駆けとなった靴は──その主はこの地面が生物ではないことを悟る。

 繊維状で毛のようにも見えた鉱物、それも絶縁能力や耐火性能を持つもの……石綿だ。

 急場での用意や変化ではないにしろ、この場にそれをぶつけてきた意味。さらに、雷撃を突破する陣形。それらが意味するのは、善大王が予期した通りの展開だった。


「《雷ノ八十八番・落雷(ライトニングストライク)》」


 ただ、ライカについてはそこに目がいかなかったらしく、あっという間に力押しで魔物を穿ち、蒸発させる。

 雷柱を背に、再び降伏を示すマフラーを靡かせるように撫でながら、彼女は本物の草原に着地した。

 敵性反応もなく、戦いの終焉を感じ取り、その場から静かに立ち去っていく。向かう先はルカリーではなく、ラグーンだった。


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