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──光の国、南西部。定期船停泊所、ビーコン港。
「ほぉ、準備が早いな」
馬車から降りて早々、整備が完了し、以前よりも綺麗にみえる定期船の姿を目にした。
フィアはというと、相変わらず善大王のことばかり考えており、船に対する関心はほとんどない。
大陸に戻ることを是とした者達は船の前に大挙し、今や今やと出発の時を待っていた。
ずいぶんとフットワークが軽い者達と思うかもしれないが、この港町に住まわせていたことが功を奏し、連絡を済ませて一日二日という期間でさえこの状態だ。
右手に広がる背の低い家々、店舗などに目を向けるが、すぐに善大王はフィアに向き直る。
「さて、出発するか。どうだ、散策でもしていくか?」
「うん、今は大丈夫」
「……よし、じゃあ行くぞ」
長い旅になる。そして、これ以降はしばらく、休憩がない──今まで以上に。
なればこそ、長い船旅や大陸での仕事をする前に慰安の前払いをしてもいいのではないか、というのが善大王の意見だった。
フィアはそれを跳ね退け、友や人々を救うことを優先するという、昔の彼女とは違う……それであって、通常の人間よりも高潔な面を見せていた。
二人が現れると、感謝の声や歓声が波音だけの港に満ち、人々の心に熱が篭る。
多少は軽減されつつあるとはいえ、フィアの焦りようはなかなかに愉快なもので、善大王も笑いを堪えるのに精一杯だった。
待ち人達の最前列に立つと、船内で働いている者達が《皇》の到着に呼応し、甲板へと出てくる。そして、すぐさま祈るように合掌を行った。
忘れられがちだが、彼は神の権能を振るう者として認知され、信心深い者でなくとも主しゅに等しい存在と認識している。このような状況になれば、それはなおさら。
「神の代理人、天の巫女。神の右手、善大王の名のもとに大陸への航海を決行する」
ただの定期船一隻に、この世界で最強──少なくとも、一般人からすれば──の二人がつくといっているだけに、奇声や嬌声であるかのように賛美の言葉が放たれていく。
そうして、席をほとんど埋めるような形で大勢の者達が船の中に──行楽にでも行くような気楽さで──入っていった。
全員が船内に入っていくまで見守り、視線が消えた段階で二人の表情は綻ぶ。
「さ、行くか」
「うんっ! ライト」
こうして、善大王を率いる大陸帰還組が、移動を開始した。
未知の海、揺れる地の上、暗き空の下で。皆が皆、それぞれの希望を抱えながら。




