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小腹が空き始めた頃には食事の提供を要求し、これには慣れているといわんばかりにトリーチは手配をする。
運ばれてきた前菜、スープ、肉料理、デザートに分けられた貴族用のランチ──水の国や雷の国との接待用らしい──に舌鼓を打ち、食後には一杯の紅茶が運ばれてきた。
不思議な事に、カップに置かれたティースプーンには角砂糖が置かれており、オイルランプ──ソースポットに近い型──のように火が灯っているではないか。
青く揺らめく炎を見つめながら、彼女の鼻は付近に香炉があるのではないかと錯覚し始めている。もちろん、当の本人はそれが揮発していくアルコールのものだと理解してはいた。
「まるで水の国みたいね」などと不満じみた文句をこぼしながらも、味には満足だったらしく、多少悪かった機嫌はすぐに良くなる。
そのようなリラックスタイムを過ごす程度の時間を開け、一団は都市に凱旋した。
外から聞こえてくる声、事前に確認を取った出兵者と同数の魔力などからして、まさしく全員生存での帰還という素晴らしき戦果を引っさげてきている。
それらを察知しながらも、その場を動き出すこともなく、また外の盛り上がりに混ざる気のないミネアは話の通じる人間を待った。
民などと積もる話もあるだろうに、アリトはいの一番に彼女の元を訪れた。
やはり、彼は分別を弁えた男である──とても、この火の国らしくもない性質だ。
「失礼します、巫女様」
「……ええ、気を楽にしていいわ。あたしが言うことじゃないけど、どうぞ」
手のひらを返して、勧めるような動作で五本の指先をソファーに向けた。
軽いお辞儀の後、丁度真ん前に座ると、本当の気兼ねをしていないような態度でフレンドリーに語り出す。
「無事で良かった。本当に何よりだ」
「それは何に向かって言ってるの?」
「ここさ」
控えながらも、手で口許を覆いながら嘲笑を浮かべた。
「馳せ参じた甲斐があったわ」
「この件については、感謝してもしきれないよ。町を守ってくれてありがとう」
ここでようやく、ミネアは謎に気付く。
「町?」
「うん、町だよ。僕の故郷はこうして、全部無事で残っている。帰った時、みんなが生きて出迎えてくれて本当に安心した」
どうにもミネアは勘違いしていたらしく、彼が自身の居城のことを心配しているとばかり思っていたのだ。
実際はこのカーディナルという都市全体。その民も例外ではなかった。
「ま、これっきりにしてほしいわ」
「うん……この場が無事で本当に良かった」
「酔ってるの? 話が巻き戻っているわ」
「いや、君はきっと、僕がカーディナルだけを心配しているんだろうと思ってね。言葉足らずは悪い癖で──君が無事で、町も無事で、城も無事だったから安心したんだよ」
お世辞だという思考が一度は過ぎるも、彼女は思い留まる。そう、刹那の一線はただの糸きれに過ぎず、尾には赤く長い帯のようなものが伴っていた。
「綺麗事ね」
「いや、現実にできるように君を呼んだ。無理を承知で」
少しばかり予想が外れたが、やはり彼が理想論者──そして、善人であるのだとミネアは悟った。そもそも、自身の姉が嘘をつくなどとは思ってもいなかったのだが。
自身の疑いは付け焼刃の糸くず、しかし彼の情報の根幹にあったコアルの発言はなによりも強く、なによりも存在感を放つ帯となっていたのだ。
「聞いていた通りのいい人みたいね」
「ヴェルギンさんですか? ……いや、でもあの人は──」
「姉様よ。あなたに対する評価として聞いたのよ」
姉の恋路を邪魔するつもりはなくとも、子姑のような試す態度を取りたくなるのも、また人らしさなのかもしれない。ただ単純に、《火の星》が都合調整の為だけに呼ばれたと知り、火山の如く憤怒のエネルギーを充填しているだけかもしれない。
もちろん、どちらであろうとも、今のアリトからすれば厄介なことに違いはない。
「いい人……ですか」
「ええ」
「いや、良かった」
今度ばかりは意図が掴めなかったらしく、意趣返し──彼の場合は言葉足らずを自負しているが──を食らう前に直線的な質問を投げつける。
「なんで良かったと言えるのかしら? 別に好きな人がいるとか?」
「いや……コアルさんがある時、急に積極的になられたので……その、王族としての指示があったのかと。それまでは特になにもせず……いえ、これは私の責任でもあるのですが──政略結婚として嫌々なのかと、不安だったもので……」
戦場の活躍とは打って変わり、恋愛に関しては奥手らしく、何故か口調も丁寧なものになっていた。
「……えっ? まさか、いい人って言われて嬉しいのかしら?」
「それはもちろん。カーディナルは富の集約の為、技術よりも人の繋がりを重視しているので──その、こだわりのない、狡い男だと思われても仕方がないと思ったので……」
取引仲介、資産の保管、先行投資、貸付け、市場提供、などなどの職人技術とは違った方面に特化した都市がこのカーディナル。物を生み出さないという点でいえば、彼の述べたような印象を覚える者もいるだろう。
「……いや、そーれーは……う、うん。姉様が言ってたから間違いないわ」
「良かった」
満面の笑みを浮かべる男性を見て、当たり障りない印象──むしろ、いい人は恋愛対象としては相当低い位置に立つ──であるという事実を突き付けるのは、さすがの彼女でもできなかったようだ。




