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──火の国、カーディナル。
「それで、どうして居残り命令なんてだしてたのよ?」
貴族制に近くとも、カーディナルの一族は多く富を持つ人間でしかない。逆に言うと、大きな影響力を持つ相手を前にしていることは間違いないのだ。
それにもかかわらず、ミネアは足を組み、はしたないと言われてもおかしくない態度で木の椅子に座りこんでいた。
しかし、それも仕方がないこと。ミネアは到着、敵の撃破を成してから今まで、この都市に留まらされていた。こうした対談でさえ、ようやく場が作られた始末。
向かい合うのはカーディナルの当主、ウォウルだ。彼自身は初老に差し掛かり、ヴェルギンと違って若々しさはない。故に、特徴的な濃色の赤色は褪せていた。
ただ、老人ながらも気は強く、態度も決して柔らかくない。叱咤や罵詈雑言を投げつけないだけで、表情や所作からは苛立ちが感じ取ることができた。
立場上は気まずいらしく、案内役を命じられながらも、当主の傍に一人立つトリーチの動きは落ち着きを欠いている。
「しばらくはカーディナルの護衛についてもらいたい」ウォウルはかすれた声で言う。
「だから、どうして? 理由くらいは言えるでしょ? こっちも長らく首都に戻れてないのよ」
「闇の国が攻め込むのであれば、この都市以外に考えられない。ならば、それを守るのが火の国の利とはならないか?」
「……無能を認めるみたいな態度ね」
「こちらとしても、せがれを首都に出しているんだ。当然、不足もする」
「それであのザマ? 私兵団の一つも持たないのは、感心しないわね」
火の国の各地に送った召集令。首都や町などの大規模な集落に限定したそれは、保有戦力を半ば強制的に奪い取るものだった。
しかし、結果としては魔物が首都を狙う特性を持っていたということもあり、保身では終わっていない。事実、既存の戦力だけでは多少の被害が発生していたことだろう。
つまるところ、そんな理不尽な要求を出されたからには穴も生まれる。ウォウルのいう通り、当然の結果なのだから、その埋め合わせをしろというのも、これまた当たり前のことだ。
ミネアとしてもそれは理解した上で答えている。既に、今の段階で反論の材料は出ていたのだが。
「私兵団を所有できるほど、余裕を持った集落はないのだよ、姫──いや、巫女様」
「ミネアでいいわ。それに、あたしはそれほど世間知らずでもないから、安心していいわ」
「……せがれの部隊は忠誠心、カリスマで支えている。むろん、少々手痛い出費だが、それでもそちらの衛兵に払っている額よりは遥かに安い」
隣にその低賃金兵を置きながら話すというのだから、なかなかに肝の据わった──思いやりがないとも言える──人物だ。
「言い訳ね」
「好きに解釈するといい。こちらは富が全てだ」
貴族制が存在していない理由がまさにそれだ。
この国では厳正な資本主義が形成されており、保有する富がイコールで権力になるのだ。むろん、腕っ節や加工技術もその富に含まれているが。
対比で言えば恒久的に財を生む技術が最も重く、次に金、最後に腕っ節となる。職人気質の火の国にしては珍しく、カーディナルは純粋な金によって最上位にまで上り詰めているのだ。
だからこそ、自分の命綱にして平時には使えない防衛策には振らなかったとも言える。
皮肉なことに、彼の息子が行った内々の騎士団──当時は子供のような真似と揶揄されていた──が活躍しているのだから、時勢というものは掴めない。
しばらく老獪と見つめ合った後、ミネアは呆れ返ったように席を立った。
「次の襲撃があったら呼びなさい。それと、すぐにでも最上級の部屋を手配して。城の中でも構わないわ」
「……分かった。トリーチ、伝えてきてくれ」
「ハッ」
「それと、そこの騎士をあたしに付けなさい」
予期せぬ反応をしたのは当人であるトリーチくらいのもので、ウォウル本人は顔色一つ変えない。
「巫女様に必要か?」
「あら、富が全ての都市の方こそ必要があるのかしら?」
二人は嫌味を言い合った後、鼻で笑った。そしてすぐに「一応はお姫様だから。国のお飾りを守るのも務めでしょう?」と皮肉たっぷりに言う──何故か若騎士の方を見て。
「いやはや、身の振り用を弁えてらっしゃる。もちろん、こちらとしてはそのつもりだ」
「じゃあ、早く用意するように尻を叩いてきなさい。それと、適当に時間を潰せる部屋を用意して──場所を知っているなら、教えるだけでもいいわ」
二人の権力者に挟まれ、元は一介の村人でしかなかった──《超常能力者》だが──トリーチは呆気に取られたまま、ブルブルと被りを振ってから頷いた。




