2s
──スワンプの村、郊外にて……。
沼を避けながら、軽く沈みこむ程度の草むらを進んでいく。
そうしていくと、濃灰色の貝を発見し、ウルスは狙いを定めて炎の針を投げつけた。やはり、彼は《魔導式》を展開していない。
一本の針が突き刺さると同時に、貝の両面に焦げ付いたような穴が開き、良く見ないと分からないような動きが完全に停止した。
近くに寄っていきながらも、地雷のように転々と置かれている小さな泥溜りに足を突っ込まないように警戒し、沼に入ろうとしていた貝を掴み上げる。
遠くからみると驚くまでもない大きさだったが、こうして目の前に来てみるとなかなかに大柄だ。
成人した男が手を大きく広げなければならないのだから、他の貝と比べるまでもないことは明白だろう。
「(世には魔物が蔓延っているというのに、こいつらは変わらずか)」
《紅蓮の切断者》と呼ばれるほどの冒険者にもかかわらず、彼が行っていたのは貝獲り──食料調達だ。
泥巻貝とされる大型のそれは、この沼地の多い北東部では──北東部の村では食料として重宝されている生物である。
素焼きの壷を彷彿とする貝殻は即席の容器に使え、保存食を漬け込む壷として多様されている。見た目とは裏腹に、消毒の為に一度は焼いてから使うのだが。
背負った籠に貝を投げ入れると、そのまま二品目ほどは増やそうと思い至ったらしく、水に浸った木々の垂らす暖簾をくぐる。
ウルスは混濁したひどい仕上がりの泥水に足を漬け、摺り足で前へ前へと進軍していった。
時にちょっかいを出してくる枝を分け、削ぐように足を噛む泥エビ──長いブーツを履こうともよじ登ってくる上、幼生なので食べることさえできない──を木の腹に擦ってペースト状にしていく。
濁りとは違う形で底の見えない場所を発見すると、上着のポケットでミイラになったウオガエルを取り出した。
ガッチリとした四肢は干からび、ヒレという本当の姿を暴き出されている。尻尾については柔軟性がなくなった程度で、変化はない。
大昔から今に至るまで、このカエルが魚なのかカエルなのかは判明していないのだ。ある者はオタマジャクシのようなものと言い、ある者はヒレが四肢の如く働きをしているだけと言う。
そんな些事とも言える問答を知るはずもなく、両手で収まる程度の小さな籠──木製の網とも言う──に色々と哀れな死体を突っ込むと、そのまま大海知らぬ深淵の麓に供物を差し出した。
動きを止め、呼吸を最低限に留めるだけで、水中からも陸上からも一人の男は自然の一部に組み込まれたように見える。
もともと薄暗い色である上、周囲の木が褐色や黄茶色などの赤系統ということもあって、彼の髪は目立たない。
凶悪な生物が生息しているわけではないにしろ、わざわざ目立つというのも無駄でしかないのだから、これはむしろ良い性質だ。
偵察をしているのならば、なおさら。
泥水が跳ね、頸椎のラインを晒すように一部分を水面に晒していた籠が大きく揺れ出した。
大量の沼エビ──もちろん、食せる成体だ──が腐食していない餌を察知し、一斉に押し寄せてきている。本来ならば、手を濡らさないように籠を持ち上げて収穫、という流れだ。
ただ、ウルスの赤眼が睨んでいたのは、ありふれた木々。注意深く見なければならない場所ではない。
跳ねた泥水がブーツの中に入り、苔むした根と見間違えそうな野性味あふれる両足もまた、それ以上の被害に遭っていた。
彼の視線が鋭かったのか、手の甲を煌めかせ、金色の髪をした男が姿を現した。
刻まれた証は、あの時に訪れた冒険者と同列のもの。とはいえ、色をみる限りは本当の意味で同等であるとは言い切れない。
だが、問題はそこではなかった。
上級の冒険者がこの場に出現した。こんな誰も寄りつかない土地に、沼地に、戦時中に。
確認を済ませ、自身と村に害なす者の排除を実行しようとした。《魔導式》は出現しない、魔力は──上昇している。




