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「本当に強くなっているのか分からないな……」
修行の成果が見えず、さらに幼女断ちを続けた結果か、俺の鬱憤は限界寸前にまで高められていた。
「これこれ、そこの若者。婆の――」
怪しげな老婆が話しかけて来たが、俺は一切気にせずに歩みを進めた。
ミネアの攻撃予知に関しては以前から出来ていた。あの戦いすら、俺が幼女に限定すれば心理透視のような真似ができたからこそ、勝利をもぎ取れたのだ。
ティア戦ではその読みが使えなかった。ある意味、魔物との戦いでティアを幼女と捉えられなかったのも原因かもしれない。
「お兄さんっ、お兄さんっ」
ぼろ布を纏った幼女を見た瞬間、俺は傍に駆け寄り、屈みこんだ。
「どうしたんだい?」
「お兄さん、これ買ってもらえませんか? 売れないと、怒られちゃうので」
幼女が手に握っていた布袋を開けてみると、中には木屑が入っていた。少し匂いを嗅いでみたが、どうにも香木のようなものらしい。
「いくら?」
「あの、売れればいくらでも……」
「そうか。じゃあ、これで何かおいしいものを食べて帰るといい」
俺は懐から札を数枚取り出し、幼女に握らせた。
本来ならちゃちゃっと一発済ませていきたいが、この幼女の境遇を見るとそんな気にもならなくなる。
度重なる暴行、ひどい食生活、そんなものが彼女の外見から如実に伝わってきた。
「あっ、ありがとうございます!」
「おう」
俺は何の用途に使うのかが分からない木屑を持ち返り、ヴェルギンの家に戻った。
「おかえりなさい! どちらに行っていたんですか?」
扉を開けた瞬間、妙に胸の大きい女性が俺を出迎えた。
薄い青色の髪、どうみても平民としか思えない外見に俺はいつものように溜息をつく。
「……今日の食事は?」
「ハチミツとタマネギで柔らかくした肉料理全般です!」
それだけ聞くと食卓前の椅子に座り、突っ伏した。
「あの、そろそろ名前とか教えてもらえませんかね?」
「黙っていろ平民」
「平民って……事実ですけど! まるで貴族みたいな言いぶりじゃないですか!」
「ま、そんなところだ。とりあえず気安く話しかけるな」
俺は幼女に対しては最大限の譲歩をする。しかし、それ以外に関してはだいたいこんな態度だ。
仕事であればそれなりの対応をし、知り合いであれば無礼こそあれど思いやりを含めた行動をする。
ただ、こんな赤の他人に善意を振りまいてやるほど、俺は善良ではない。
しかし……このニオとかいう女、どうみてもただの平民だ。魔力の量もそうだが、戦闘に向き合う気迫などもない。
それにもかかわらず、ミネアはたまにこの女と外に出て、最上級術の《魔導式》を見せていた。どうにも教えているらしいのだが、覚えられるはずもないのに、無駄な苦労を。
「今戻ったぞ」
「ヴェルギンさん、おかえりなさい! 御飯は後少しで出来ますよ!」
「ほうほう、楽しみにさせてもらおうとするかのぉ」
その日はニオの作った食事を食べ――味は可もなく不可もなく――眠りについた。
翌日、扉を激しくノックする音が聞こえ、俺は目を覚ます。
「ん……どうしたんだ?」
「起きたなら早く出てきなさい!」
ヴェルギンは既に出ているらしい。この部屋に残っているのは俺だけか。
「……あと少し眠らせてくれ」
扉を蹴破って入ってきたミネアは、それはもう鬼のような形相をしていた。
「修行してくれって言ったのはあんたじゃない!」
「まだ早朝だろ……せめて朝までは――」
「文句言わないで、来る!」
ベッドから引きずり落され、俺の脚は近くに置かれていた机に当たった。
「痛ぅうう……ちょっとは優しく……」
言いかけた時、昨日買った木屑の袋が開き、部屋に舞ってしまった。
俺は咳こむ前に口を塞ぎ、片手で屑を払いなら立ち上がる。
「悪い、汚しちまった」
謝ったが、ミネアは返事一つしない。
怒っているのかと思ってミネアの顔を覗き込むと、興奮しているように頬を紅潮させ、呼吸を荒くしていた。
「お、おい! どうした! 風邪か?」
「はぁっ……なんでも……ないわよ……」
体調が悪いのは一目瞭然だった。
すぐにベッドに運び込むと、俺はミネアの顔を再度改める。
熱はあるが、微熱。心拍数はかなり早くなっている。皮膚感覚が少し過敏になっている……か。
色っぽく呼吸を早めるミネアを見て、俺は一つの可能性に気付く。
ミネアはただ、発情しているのではないか! と。だとすれば、ここは俺がちゃちゃっと済ませてすっきりさせてやるべきだ。
「よし、ミネア。ささっと治してやろう。安心しろ、俺は手慣れている」
「いいわよ……! あんたの手助けなんて――」
俺はミネアの服を脱がしていき、柔らかい素肌に指を添わせる。
「なっ……勝手に脱がせない……で」
「大丈夫だ、安心しろ。俺が極楽に送ってやるよ」
上衣を脱がそうとした時、ミネアの背後に凄まじい速度で《魔導式》が刻まれていった。
「待った! ここはヴェルギンの家だぞ!」
「関係、ない――」
しかし、《魔導式》が途中で崩壊し、気丈な表情をしたミネアも再び酔ったような顔になる。
一種の発情誘発効果がこの木屑にはあった、ということか? だとすると、今の《魔導式》の自壊も精神的安定ができなくなったからか。
なら、安心してできる。まぁ、ミネアと俺は弟子仲間ということもあるし、少しくらいは許してくれるだろう。
俺が服を脱ごうとした時、蹴破られた扉から視線を感じた。
「あの……なにを」
「スキンシップだ。一々気にするな、平民」
「でも、それ……」
「ミネア、起こすのにどれだけ掛かっておる――」
ヴェルギンの姿を見た時点で、俺は冷や汗をかいた。
「うむ……ミネアの看病をしていた」
「信じるとでも?」
「……ミネアが俺の個人所有の道具を使ってしまってな、治すには……ちょちょっと一発、な?」
ヴェルギンは鼻をひくひくさせた後「この世には残っていないと思っていたが」とだけ言い残し、俺の顔面に拳を叩きこんできた。