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何軒かに入り、品薄状態とすら感じる貧弱な品揃え、不格好な店の対応。アカリは完全に気付き、こわばった表情を元に戻した。
「さっさと帰るとするかねぇ、お家でママンが心配していることだろう?」
「えっ?」
また首根っこを掴もうとするが、さきほど拒絶されたことを思いだし、思いとどまる。
その代わりか、さっさと一人で町の出口──彼女らの入り口だった場所だが──に向かった。ヒルトもそれに続く。
しかし、そんな二人の前に愛想いい笑みを浮かべた中年の男が現れた。頭頂部に程良い肌色を称え、山脈の麓には芝生のような茶髭が生い茂っている。
無自覚に想像する、まさに中年男性という容姿だった。
「こんな時期にお越しになるとは、ありがたいものです。二人は姉妹で?」
「……兄貴の娘さね。おばさんよ、おばさん」
「へぇ、お若いのに立派なことで。この村では何かいい──」
「だから帰ろうとしているんだよ。引き留めるのはご無礼というものだよ」
「いえいえ、失礼しました。ですが戦争が始まってというもの、旅人の皆様がおいでになられないもので……」
目を閉じたまま頷き、仕事人は慣れたように解釈を行う。
「なるほど、財政難ってことかい」
「ええ、まぁ。食料や衣類には困らないのですが、嗜好品の類は外から買っていますからね」
そう言いながら、中年男は口許に人差し指と中指だけを立てた手を寄せ、困ったような仕草をしてみせた。
「災難なことだね。ま、あたしらも大差ないけど」
中身のない雑談を少し続けた後、男は「やっぱり、お気に召しませんでしたか?」と問う。
「……品揃えが悪いよ」
男の表情が変わらないと見ると、肩を竦めながら「お菓子を入れておいたほうがいいよ。あたしらみたいなのは、そういうのしか興味ないからさ」
そう言い残し、二人は村を出た。
帰路の最中、ヒルトは終始無言だったが、屋敷が見え始めたころになって一言だけ呟く。
「約束は……」
「あんたからは金をもらってない。親父さんからはもらっている──間違いなく、あの場にいたらパツキンは危なかった」
平然と告げるアカリの声は冗談がかったものでもなければ、女性らしさや若さを感じさせなかった。
こぼれだしたワガママとして、イケナイことを行った自覚があるだけに、ヒルトは納得できないとばかりに口を曲げた。
「あの村、旅人はほとんど来ないんだよ。来るのはほとんど商人」
不意に発せられた声に気付き、黙って続きを待つ。
「あたしはあえて、あのオッサンの内容に合わせてみた。すると、商人が持って来るもの……まぁ、お菓子みたいなものよ、それが足りてないって言った。意味は分かるかい?」
「…………おかしいことがある?」
「内容が合致してないんだよ。お金は使う場所がなければ意味がない、外に出られない今じゃ、そんなものがあっても仕方がない」
少女の顔を窺いながら、言う。「おそらく、途中で矛盾に気付いて直したんだろうね。気が回っている奴だよ」
内容については滅茶苦茶だが、あの男の演技は自然そのものだった。
相手の返答から問題を察知し、すぐに訂正を掛けるということは──何故演技する必要があるのか、どうするのが最良かを理解しているということになる。
「あの村、たぶん乗っ取られているだろうさ。あのオッサンが黒幕かは分からないけど、その手の者ってことは間違いないねぇ」
「そうだったの?」
「あのショボイ店も、たぶんめぼしいものを取られた結果だろうさ。怪しまれないようにとりあえず置いてあるだけ。普通を演じろって命令されてるのさ」
驚きの表情を浮かべる護衛対象に、アカリは複雑な感情を抱いていた。
件の組織であるかどうかはともかくとし、危険な集団が付近に存在することを知り、どのような気持ちで時間を過ごすのだろうか、と。
知らない方がいい、という事例をよく知る彼女だからこそ、それは痛いほど分かっていた。
「あなたって、強いの?」
「最強さね。あんたの親父よりも、誰よりもね」
「なら──」
「おっと、あいつらをどうにかしろっていうならごめんだよ。ああいう厄介な連中には関わらない、これが鉄則さね。それに、無報酬の仕事はごめんだよ」
それこそが全ての答えだった。
アカリは最初に気付き、そして調べ尽くした後に、結局なにもしなかった。それはつまり、無償の労働を嫌悪していたからだ。
そもそも、あのような事案はそう時間もかからずに気付かれる。そして、そうなれば国が動かざるを得ないのだ。
その時にようやく、彼女は英雄であるかのように一人手を挙げ、未知の領域への偵察を、戦闘を行うと宣誓する。
分かりきった村の状況、相手の用いる手を理解した上で、悠々と奪還して首都に凱旋。無事に大金を受け取り、国も安心と両者にとって理想的な状況になるのだ。
「でも……なら、あなたはどこに行くの? 善大王が来る時」
馬車を走らせればすぐとはいえ、首都まで徒歩で移動するのは苦難である。途中で魔物に絡まれる危険性もあれば、闇の国の兵が潜んでいるかもしれない。
そういう意味で、あのような人の訪れない場所を隠れ家にしようとしていたのだ。
「さ、考えものだねぇ」
適当に流そうとしたアカリの手を握ると、緑青のような色の、大きく丸い瞳に赤を写した。
「怖いの……助けて」
「……いくら払えるのさ、あんたは」
「お父さんに頼んで、払うから」
「ハッ、あんたが思うような値段じゃあたしゃ受けないよ。ちなみに、子守りのお駄賃は金貨支払い、これで分かったかい?」
さしもの富豪の娘とはいえ、ただの子守りだけでその額が支払われる異常は理解できたらしい。諦めの色が僅かに覗いた。
「……なら、お母さんに出してもらえるようにお願いする」
「できるのかい、パツキンに」
「がんばる」
他人に出してもらおうとしているところはいただけないが、アカリはこの返答でとりあえずの妥協点としたらしく、内心で覚悟を決める。
「善大王を呼び捨てにする根性を認めて、受けてやるかね。ま、親孝行してやることだよ」
「ありがとう……アカリ」
呼び捨てであっても名前を呼ばれたのが嬉しかったのか──それとも、照れくさかったのか──また背を向けたのではと思ってしまうほどに、赤くなっていた。




