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──雷の国、アルバハラにて……。
「それで、善大王がこっちに来るって?」
『その通り、光の国への提案を行ったことは事実だが、まさか皇が護衛についてくれるとは想ってもみなかった』
「(ビリビリ姫の差し金かね……ま、あたしにゃ関係ないことだけど)」
一人薄い日光を浴びながら、アカリはバルコニーの手すりに背を預け、部屋の中で気まずそうな顔をする金色の髪を追っていた。
彼女の正面ではティータイムを楽しむ母親がおり、娘に語らう様子も見せずに茶菓子に舌鼓を打っている。
『アルバハラの様子は』
「敵襲の気配はなし、パツキンは相変わらずってところだねぇ」
内容の秘匿性を高めるだけではなく、外から差し込む視線や魔力を察知する、というのが外に出た理由の一つだった。
事実、稀に背面を向き、風景を眺めるように監視を欠かさずに行っている。
『娘のことか。ならば良かった……それでだ、家内の方に伝えておいてほしいことがある』
「言伝追加なら料金もだよ。通信術式を使えないわけでもないだろう? 自分で繋ぎな」
『報酬については応じよう。まず、善大王を出迎える予定があることを伝えてくれ。そして、誰でもいいから侍女の一人にその準備を済ませるように、と。誰が来るかもしっかりと付け足すことを忘れないでくれ』
善大王を迎え入れようとしていると聞き、整った口許は強張り、眉は互いに近付いた。
「タンマ、それならこっちも契約は切らせてもらうよ」
『こちらの意に従ってもらわなければ困る。その為の金だ』
「……なら譲歩をさせるものさ。手紙役はタダで請け負う。でも、おもりは善大王が到着するまで、これ以上は譲れないね」
わがままなようにも聞こえるが、彼女はそれだけの無茶を言えるだけの存在なのだ。
戦力の乏しい雷の国で、国家が雇うほどの信頼を持った用心棒など一人二人──いや、アカリ一人という可能性さえある。
追加するならば、彼女は公式に魔物の討伐──公には知らされていないが、会議に参加する者はアカリの実力を知っている──を行っている。
彼女でなければ行えないお守りともなれば、適当な冒険者では力不足だ。それ以前に、冒険者の大半は依頼の受付を遮断されているが。
『ならば善大王様が離れ次第、再度戻ることを約束してほしい』
舌打をし、一度は浮かべた嫌悪感を取り除いた顔で「了解、それで構わないよ」と快諾してみせた。
通信が切断された時点で、アカリが取った行動は簡単だ。
「奥様ぁ、ダンナさんよりラブコールを受け取りましたよーっと」
「あら、なんでしょう」
「善大王様が来るんだとか、出迎えを頼むよーって感じで」
「あらあら、善大王様がいらっしゃるなんて……しっとりとしたドレスと一番いい装飾を用意しなくてはいけませんわ」
冗談を込めたラブコールについては指摘もなく、今にも全員の侍女を連れ去ろうとしていることに気付き、不完全燃焼感を残しながら職務を真っ当せんと動き出す。
「支度をしろ、って旦那様が言ってたよ。何をしろとは言われてないけど、善大王向けにやれってことじゃないかい?」
意趣返しであるかのように、耳打ちで伝達を済ませると小さく頷き、「かしこまりました」という返答だけが戻ってきた。
「ほー」と口から溢し、やり手の女性なのだと察したままにアカリはヒルトの手を掴む。
「んじゃま、あたしらは少し散歩にでも行ってくるよ。問題はないね?」
「ええ、大丈夫。善大王様が訪れるまでには適当な服を見繕っておきますわ」
困惑する小さな手を握り、扉に差し掛かった時点で手持ち無沙汰な方の掌を見せ、手を振って見せた。失礼でフランクな方法だが、誰も咎める者はいない。




