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大空のフィア  作者: マッチポンプ
後編 ダークメア戦争
403/1603

5s

 ──水の国、北東部の村、スワンプにて……。


 天気が悪いというのに、その男は木に引っ掛けたハンモックに寝転がり、まどろんでいた。

 深みを付けたような、茶色という見方もできそうな赤色の髪。それなりに年は行っているらしく、無精ひげも凹凸の激しい肌に調和していた。

 揺らめきの中に落ちようとした時、彼は目を覚ます。


「なんだ? こんなところはお前さん達の来るところじゃねえよ」

「そうは行きませんよ、《紅蓮の切断者》」

「ほう」


 ようやく声の方に向き直り、訪れていた客人の顔を見ることとなった。

 一人はギルドに支給された苔色の制服を纏った眼鏡の青年。残りの二人は冒険者らしく、手の甲の宝石が覗いている。


「(ランクⅣをつれてくるとはな……連中、今回ばっかりは本気ってことだな)」


 《紅蓮の切断者》ことウルスが冒険者ギルドに属しながらも、一切の協力を行っていないことは誰もが──冒険者に限定されるが──知っていることだ。

 ただ、魔物を撃破したという公式記録を持っているのも、彼以外にはいなかった。まさに魔物が現れた今、そんな人物がどれほどまで心強いかは言うまでもない。


「あなたも噂くらいは聞いているでしょう?」

「さあな、俺には関係ねぇよ。出てきな」

「魔物の出現が確認された今、あなた以上に適任な人物がいるはずもない。そうでしょう?」

「買い被りだ。魔物を倒したのはずっと昔、俺がほとんど活動していないことはお前さんも知ってるだろ? もう戦いは引退だ」

「そのあなたが色々な村々を渡り歩いていたことは、こちらの知るところですよ。あの《放浪の渡り鳥》を推薦した件についても」


 ウルスは険しい顔をし、すぐに目を閉じた。


「そんなこともあったな。だが、そりゃ関係ねぇことだ」

「あの時、彼女達を冒険者にした理由をお分かりで?」

「貸しはとっくの昔に返してやったよ。出頭命令に応じる、という形でな」


 しばし睨み合う二人を見て、冒険者の一人が前に出た。


「オッサン、俺達も暇じゃねえんだ。さっさと乗ってくれよ」

「若いな」


 年の差が二十ほどはあると見ているのか、熟練の冒険者は飄々と告げる。

 怒りに任せて殴りつけようとした護衛を制し、ギルドの役員は前に出た。いくらつわものの冒険者とはいえ、依頼を無視することはできない。

 それが上層部から出されたものであるならば、なおのこと。


「あなたの敵う相手ではありませんよ」

「……チッ、命拾いしたなオッサン」

「命拾いしたな、若人」


 瞬間、鉄すらも溶かしかねない赤色発光体が出現し、ギロチンのように地面へと斬撃を放っていた。

 あの状況で殴りかかっていれば、すぐさま胴体が焼き尽くされ──その前に、溶解し、両断されていたことだろう。

 目の前で起きた、ありえない現象に口を開け閉めし、血気盛んな冒険者は後退した。術者と思わしき、細身の男性については足を震わせるほどだ。


「(魔導式は……それに、魔力の上昇も一瞬……これが、伝説の冒険者)」


 《魔導式》を用いない事象の発現がどれほどまでに困難であるかは、術を使う者であれば痛いほど分かっている。

 そして、眼前に立つ──寝転がっているが──男が《超常能力者》ではないと聞いているからこそ、武器として機能し続けた知識が主へと叛逆の牙を立てたのだ。


「……それで、どうでしょうか? 手を貸してはいただけないでしょうか?」

「何度も言わせてくれるな。俺は困っている人を助けている、善良な冒険者だ」

「その善良な冒険者の《放浪の渡り鳥》も、ギルドの為に奮起しています」


 その名が出された途端、怠惰な色が褪せていき、活発的に血が巡りだした。二人の冒険者はともかく、役員は僅かな皮膚の変化にも過敏な反応を示し、笑みを浮かべている。


「今は冒険者も、人類の生存の為に動いているんですよ。個ではなく、種を存続させる為に」

「……その種というのが、お前らギルドのことを指していることは、もちろん分かっているさ。あのガキ共も災難だな」

「……はぁ、どうにも協力いただけないご様子で」

「最初から分かっていたんだろ?」


 その場から動くこともなく、ウルスはその身より凄まじい魔力を──いや、殺気を放出した。

 一度は体を竦ませながらも、二人の上級冒険者達はそれぞれに交戦体勢を取る。この場で、想像を絶する被害が発生するのは、目に見えていた。

 しかし、そんな二人を、そしてウルスをも抑えるように、役員の男は両手を駆使して遮る。


「今回はご挨拶ですよ。返事をすぐに寄こせ、とは言いません。ですが、ギルドとしては諦めるつもりはありませんので、そのことには御理解を」

「……お前、役職は言えるのか?」

「冒険者ギルド東方支部代表、サイガーです。どうぞ、お見知りおきを」


 東方支部とは、東部の冒険者ギルドの代表──という意味ではない。この場合は、北東、東、南東部の頭であるのだ。

 つまり、この村も彼の管轄内でもある。だからとはいえ、四人しかいない大幹部がこのような田舎に直々の来訪を行うなど、普通ではなかった。


「気が変わり次第、デルタにでもお越しください」

「統括支部まで行かなくとも、そこらへんの町や村じゃいかんのか?」

「ええ、支部長に直接対応していただきたいので」


 デルタは北東部最大の都市だ。そして、ウルスが口にした統括支部が配置された場所でもある。


「考えておいてやる」

「なるべく早めにお願いしますよ」


 そう言い、三人のよそ者は村を後にした。

 その者達がこの村に及ぼす被害を、彼は理解していたのだ。こちらは上位の冒険者を連れて来ることは造作もない、という脅しを受け止めた上で。

 催促しなかったのも繋がりを持ち、いつ冒険者が訪れるか分からない、と未知の襲撃を警戒し続けなければならない圧力を与えていたのだ。

 《紅蓮の切断者》は一度考えた後、再びハンモックに頭を預け、目を閉じる。解決を先延ばしにするというより、状況の変化を確認する為に。


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