6g
──現在、ヴェルギン宅。
「では、弟子になると誓え。ワシの命令を最優先にしろ」
「………………はい」
ずいぶんと中身のない声だったが、ヴェルギンは已む無く納得した。
身内になろうとも、そこで気を緩めなければ探す手間も省ける。謂わば、監視状態を作りながらも利用するという手だ。
ただ、最初の問題は未だに解決されていない。ガムラオルスが残っていないともなると、彼本人が監視し続けるしかないのだ。
「では、とりあえずは実力を計るとしようかのぉ」
「分かりました。では、術からお見せしたほうがよろしいでしょうか?」
急激な口調の変化、それは切り替えという次元ではなく、初めからそれを使っていたような──改竄だった。
「ふむ、とりあえず見せてもらおうとするかのぉ」
完全に能力が読めないとはいえ、相手が《選ばれし三柱》である以上は何かしらの能力が優れている可能性は高い。
ヴェルギンは彼女が《風の月》であるという見込みを付けていた。独特な風属性の魔力、そして《太陽》との面識……なればこそ、そうなる他にはない。
「(風の月はソウルの操作に優れた能力を持つ。それも、特異な融合の力……)」
訝しむヴェルギンを一瞥した後、外に出たスケープは《魔導式》を展開した。
その色はやはり緑、そして上級術まで伸びる《魔導式》だ。
「《風ノ百二十五番・風防鏡》」
彼女の体は薄く緑色の光を放つ。それだけで、ヴェルギンはスケープの体に術が適応されたのだと気付いた。
「ふむ、相応の力はあるようじゃな」
「はい、師匠」
「それで、ワシに何を習う必要がある」
それを言われた瞬間、スケープが固まる。
「………………体術、ですか?」
「……分かった。とりあえずは体術戦でも教えるとするかのぉ、その体じゃあろくに運動もしとらんようだしの」
太っているというわけではないが、彼女は女性的な体であり、筋肉はさほどついていなかった。運動を全くせず、それでありながら太りもしていないという状況というべきか。
敵になる可能性があると分かりながらも、ヴェルギンは特訓を開始した。皮肉も、彼からすれば、スケープはただの人間の一人でしかなかったのだろう。
軽く構えを取って見せると、まるで真似るかのように彼女も防御体勢に入った。
目では終えるが、体が追いつかないだろうという速度で接近し、拳打を打ち込む。肉体から判断すれば、スケープに回避できる可能性はゼロだった。
「痛っ……」
「お、おう……大丈夫かの? いや、まさか今のを避けれんとは」
当てても構わないという前提での攻撃だったこともあり、スケープの頬は赤く腫れ上がっている。
治療を行おうとしたが、彼女は痛みに表情を歪ませながらも立ち上がった。
「今のはどうやって対処すればいいんですか?」
「……急接近の相手への対処、か。その場合は表情の変化や微弱な魔力の察知かのぉ……読めれば回避もたやすかろう。武器があるのであれば、弾くのも良い」
一度聞いた後、ようやくスケープは考えるような顔をする。自分で考えてから聞くのが無駄と判断しているからであり、相手が手間と思わなければ、この方が習得スピードは速いのだ。
効率でいえば最善手ではあるが、演舞でいえば減点をゼロにするのが限度のやり方。
そうして、恰も有能にも見えたスケープだったが、二発目の攻撃──完全に同じ方法──ですら回避できなかった。
苦悶の表情からすぐに戻し、続く攻撃を要求する。
そこから十数発の攻撃が行われたが、どれも攻撃命中という結果で終結した。
「……少しは回避してみてほしいところじゃが」
「はい、では次は避けます」
演技がかった声に疑いを覚えながらも加速し、攻撃を放つ。今回はむしろ難易度が上がり、予兆がなかった。
──にもかかわらず、ヴェルギンの拳は虚空を裂く。対象の回避行動を読み、攻撃方向を変えるという手段を考えていたにもかかわらず。
「何故、あそこまで引き付けた」
「師匠でも、あの距離からは攻撃対象を変えられません。だから、そうしました」
「ならば、あえて避けていなかったと?」
「当たると分かっていれば痛くありません。期待していないので。でも、避けられたと期待して、それを裏切られたら痛いのでそうしました」
彼女に存在していた明確な目的は、それだった。
痛みからの逃亡、それだけを成す為、意図的に攻撃を受け続けていた。顔が痣だらけになり、片目がみえなくなるようなコブを作りながら。
ただ、あの十数発でスケープはヴェルギンの攻撃方法を取り込んだ。
「(なるほど、だからこそ防御していたわけか。弾くような防御もしていたが、情報を自分の身で調べたわけだな……)」
真面目な弟子らしく、真剣な表情をしているスケープをみながら、彼は危うさを感じる。
《風の月》がそれを平気で行うということは、世界の秩序を乱しても構わない、という考えがあるのだ──いや、それを手段としてしか認識していない。
そもそも、今目の前にいるスケープが本物かどうかも、ヴェルギンには判断できることではなかった。




