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──七年前。火の国の北西部の村、ボイル。
何もない村、あるものといえば宿くらいのもの。
旅人や商人らから食料や水を補充し、それを振舞うことで砂漠を渡る中継点としていた。
砂漠踏破ようのラクダなども少数運用しており、旅人には砂漠を移動する為、住民は他所に買出しをする為に利用している。
そんな、文字通りの中継地点。そんな村に、その少女はいた。
「おい、あの娘……いつまでいるんだ?」
「さぁな、話しても何も答えねぇんだよ」
ボサボサに伸びた、紫色の髪をした少女。それだけであればよそ者だが、瞳は確かに紅色をしている。
正直、誰も彼女のことを知らなかった。気付いた時に居付き、かれこれ一年はここにいる。代金を支払い、食料などを購入しているので、厄介払いもできない始末。
村の敷地内、それであって宿には入らずに外でボロ布を被って呆然としている。ある意味、恐怖心から誰も手を出せなかったのかもしれない。
「まぁ、別にいいか……」
「ああ、困るモンでもないしな」
困るものではない、どころか客寄せの効果を持っていた。この村は過疎化しており、若者の大半は首都や水の国側に向かっている。
中年や、隠居生活の老人ばかり。そういう意味でいえば、彼女は砂漠の旅をする者達に取っては都合が良かった。
住民の二人組はバラバラに去っていくが、そんな様子を少女は認識すらしていない。
そんな時、ローブを纏った一人の男が村に現れた。中継地点という、蔑称をあえて受け入れているような村なだけに、誰も客引きはしない。
男は少女に目を付けると、空色の瞳を向けた。
「お前は孤児なのか」
「いいえ」
冷淡な反応を受けながらも、男は憤ることもなく横に座る。
「おれには売らないのか?」
「買いますか?」
「……いや、おれには必要ない」
返答を聞いただけで、男は少女の思考を察知した。
少女は娼婦のようにも見える。しかし、まるでそんなことを知らないような、ただの子供のような性質を強く感じていた。
「気が変わった、貴様を買おう。いくらだ」
「いくらでも」
「前の奴はいくらだ」
「銅貨五百枚」
「ならば、おれは金貨五百枚を支払おう」
脅威の五千倍支払いを受けながらも、少女は驚いたりはしない。
布切れを取ると、身に纏っていた黒ずみ気味な衣服を脱ぎ捨てようとした。
「ついてこい」
それだけ言うと、男は去っていく。ついてこいという命令の上書きを受け入れ、脱ぐこともなく彼を追う。
手から離した時点で認識から外れたかのように、彼女を温めていたボロ布はその場に置いていかれた。
彼女がそういう人物だと読んでいたのか、男は進みながら、背後にいる少女に語る。
「おれもかつて、ある男に拾われた。だからこそ、今もなお生きている」
「はい」
「貴様の名前は」
「……」
言いたくないという沈黙ではない、ということは誰の目にも明らかだった。彼女は自分のことを言われ、何を答えていいかが分からなくなっている。
「まあいい、会話に名前は必要ない。おれが貴様に要求することはただ一つだ──おれが利用するだけの価値をもった存在になれ」
「あなたは何を求めるのですか?」
「力……いや、擬態する力だろうな。密偵ならば使い捨てにもできる」
探りを入れるが、少女はそれを普通であるかのように──絶望したからこその諦めとは違う──頷いた。
「密偵になれば、あなたの役に立ちますか?」
「……それは貴様次第だ」
冷淡な反応、顔も見せなず、感情すらローブのせいで読めない。そんな状況であっても、少女は笑みを浮かべた。




