5g
──火の国、ヴェルギン宅。
「オヌシは誰じゃ?」
「ワタシはスケープよ」
いくら顔見知りが多いヴェルギンとはいえ、いきなり現れた他国の来訪者のことまで分かるはずがない。
さらに言えば、知りあいでもない相手の世話を見るほどの善良な人間でもないのだ。ニオも弟子の連れであり、ガムラオルスも正式に弟子入りしている為、例外ではない。
「今は戦時中じゃ、用件を話したら帰ってくれんかのぉ」
「じゃあ、単刀直入に……ワタシを弟子入りさせくれないかな?」
「断る」
彼は即決した。以前のガムラオルスは危険な敵対者であり、かつ《選ばれし三柱》であり、同時にミネアの推薦──これはシアンが内々に行っていた──ことが影響している。
いくら相手が《選ばれし三柱》であると分かっていても、無条件で受け入れるはずがなかった。
「狙いはなんじゃ」
「強くなりたいって感じね」
「ならば、自分の力で強くなればよい。ワシに師事したとして、結果が出せるとは限らんぞ」
「天の太陽に技術を教えたあなたが、よく言うね」
ヴェルギンは眉を顰め、静かなままに問う。
「どこで聞いた。火の坊主か?」
「さぁ? ただ、あなたが相当な指導者ってことだけは分かるかな」
彼の主観の中では、自分が《天の太陽》──当代ではなく、先代の──が弟子だと知っている人間、その中で生存者は一人しかいなかった。
それこそが、火の坊主と称した者。思考のロジックを考えるのであれば、それ以外の道筋は成立しない。
相手が過去を知ることが出来ない限りは。
「もう一度質問しよう。なんの目的がある」
「師事させてほしいの。もう一度言うけど」
「……」
ヴェルギンすら、スケープを読むことはできなかった。
それは目が節穴というわけでも、女心が分からないということではない──逆に、彼のように多くの人間を知っている人間だからこそ読めないのだ。
言うに、彼女は全てが嘘くさい。まるで誰かの言葉を引用、もしくはイメージして演じているかのように、スケープという人間の血液が流れていなかった。
ただ、それだけならば嘘と断定できる。いや、嘘ということで片付けてしまえる。
知っていた。ヴェルギンはこのような、まるで嘘をついているような発言をする存在を、かつて幾度も見てきた。
「質問を変えよう。お前は何を命令されている、何を考えろと言われている」
「火の国に力を貸せ、恩を売れと。そして、ヴェルギンという男の弟子になることを目的に生きろ、と」
皮肉にも、彼の読みは当たっていた。
スケープには自分がないのだ。主体性がなく、自分が個人であるという認識がない。
だからこそ、かつてミネアとガムラオルスと共に歩きながらも、何一つ焦らなかった。
なぜなら、彼女からすればあの時の二人は偶然遭遇し、自分を守ってくれる存在だったから。盗賊が襲ってくることが確定だと分かっていても、それに自分が関与していたことを彼女は他人事のように思っていたのだ。
「ならば、帰れ」
「お願いっ! ワタシを弟子にして……どんな雑用でもするし、体だって──」
「体は必要がない。ワシは枯れておるからな」
冗談のような言い回しにしながら、ヴェルギンは思案する。
スケープが《風の月》であることは確定的だった。であるならば、それを戦力に運用することは国益に繋がる。
そしてなにより、ここで突っ撥ねれば戦闘が始まる。命令を預言書かのように汲み、自分がそれに近付く為──怒りなどの感情はない、本人からすれば運命なのだ。
いくら面倒見のいい彼とて、こうした人間は扱い兼ねる。人間の論理感を持ちながら、人間の論理感を外れているからこそ。




