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謁見の間に入った俺は、早速国王であるビフレスト王と会うことになった。
豪奢な服を身に纏った、白髪白髭の老人。それだけを言えば、よく思い浮かべるであろう王様を考えさせるが、さすがは天の国の王――それだけでは終わらない。
眼光は鋭く、入ってきたばかりの俺を威嚇するように、睨みを利かせてきていた。
玉座の裏は全面が硝子になっており、城下町を背負っているようにも見える。
「始めまして。善大王です」
「見れば分かる……しかし、今回の善大王はいつもと違うらしい」
「と、言いますと?」
「なに、深い意味はない。君はただ、いつもの善大王とは違う、そう思っておけばいい」
こう言って来ている以上、それが好意的な物とは思えない。つまりは、良くない善大王が来たものだ、と遠回しに言っているのだろう。
こんな短い会話で判断できるものか、と一刀両断するのは簡単だが、相手は天下のビフレスト王。衰えながらもミスティルフォードで最も優れた軍師とされる男だ。
「この国をどう思う?」
「……良い国だと思いますよ。来るまでに見てきましたが、民は活気を持っていました」
背にある硝子から外を覗きこむと、ビフレスト王は告げた。
「民はな。だが……娘はそうではない」
「娘……さんですか」
まさか、ここで身内の話をしてくるとは思っていなかった。さて、どういう反応をすべきか。
「娘は――フィアは世界を退屈なものだと思っている。できることならば、あの子には笑っていてほしいものだが」
どうやら、廊下で会ったフィアはビフレスト王の娘だったらしい。過剰なスキンシップを避けておいたのは正解だった。
「ならば、世界が楽しさに満ちていることを、教えてあげればいいのではないですか? 外の世界で暮らすことで」
フィアが城の中に幽閉されていることは、なんとなく察しがついていた。だとすれば、その状況から解放すれば、解決に向かう可能性がある。
「ならぬ! あの子を危険に巻きこむわけにはいかん」
「過去に何かあったんですか?」
俺の方を見たビフレスト王は、一歩近づいてきた。
「あの子は我が国の敵対者に狙われている。拉致されたことすらあるのだ――そんな状況で、自由にさせるのは危険だと思わないかね」
「それは……」
「いや、脇道に逸れたな。本題に戻ろう……今回呼んだのは他でもない、光の国と提携して解決していきたい問題についてだ」
話が変わったというのに、俺の頭の中にはフィアのことが残っていた。
「闇の国で過剰に巨大化しているマナクリスタルの調査、《風の大山脈》に住まう原住民族、《風の一族》の対処について」
「闇の国の問題についてはこちらから聖堂騎士を出します」
「あちらには諜報部隊が存在すると聞くが、問題はないのか?」
「はい、こちらの聖堂騎士も諜報活動、戦闘において不足しない実力を持っています。心配はございません」
かつて俺がそうであったように、聖堂騎士は優秀な人間が多い。さらに言えば、俺が知っている者も多くいる――信頼は十分だ。
「では、その方向で進めてくれ。《風の大山脈》についてだが……」
「そちらは俺が直接向います」
「善大王殿が……うむ、それは面白いかもしれない」
「領地となってからは我が国から一時統治者を置き、その後、両国から代表者を選ぶ……という形でどうでしょう」
「うむ、問題はない。任せよう」
事前に予習していたわけではないが、話をしてみると存外すっぱり言葉が出てきた。
冒険者時代にこうした交渉は少なからずしていたが、そのおかげだろうか。
「ビフレスト王、一つだけ提案があるのですが」
「何かね」
「……今日一日、俺にフィアの護衛を任せてくれませんか?」
その意図はすぐ伝わったらしく、ビフレスト王は唸った。
「妙に固執しているな。あの子に会ったのか?」
「はい。善大王として、一人でも多くの人を救いたいのです」
思ってもいないことだったが、フィアを救ってやりたいというところに嘘はない。
「……分かった。城の者には通しておく」
俺は一礼をして謁見の間を抜けると、再び廊下に向った。